売上高は、前年同時期の「約4分の1」の5,915億円。経常利益は「868億円減」のマイナス247億円。オリエンタルランドの惨憺たる状況が、11月13日の第2四半期報告書で浮き彫りになりました。
特徴的なのは、
・現金が、前回の第1四半期(2020年6月30日)の1,780億円から、2,530億円に増加していること
・現金増の主要因が「社債」の発行であること
・報告書に「手元流動性を確保」という言葉が2回出てくること
です。
この「手元流動性」の意味することは何か。今回は、「手元流動性」を軸に、ディズニーランドのキャッシュフロー戦略と、今後の展望について考察したいと思います。
手元流動性とは
手元流動性とは、現金預金と、短期保有の有価証券の金額を合計したものです。通常は、比較しやすい「手元流動性比率」を用います。
手元流動性比率は、
(現金預金+短期保有の有価証券など)÷1ヶ月の売上高(月商)
で算出します。売上が無くても、今の現金預金で何ヶ月会社が存続できるか、といった短期的な支払能力を測ることができます。
個人で例えると、突然会社をクビになり、
「今の貯金で、あと何ヶ月生きていけるか? 」
を計算した値。これが、手元流動性比率です。
一般的には大企業で1ヶ月程度。オリエンタルランド社は、7.2ヶ月(2020年3月期)と、非常に高い水準にあります。
手元流動性比率は、「どれだけお金があるか」を測る指標とも言えます。
オリエンタルランドは、2020年6月期に4.8ヶ月まで低下した手元流動性比率を、2020年9月期に、6.9倍まで戻しました(※1)。コロナで「緊急時」の現在、オリエンタルランドは「どれだけお金があるか」を重要視しているのです。
「平時」には批判される指標
企業が多額の現金を手元に持つ。コロナ以前は「批判の対象」となる行為でした。
なぜでしょうか? 企業がお金を貯め込み、設備投資を行わない。社員の給与も上げない。すると、経済が成長しなくなってしまうからです。
最も声高に批判していたのが、麻生太郎財務大臣でしょう。2015年1月には、企業が利益を貯めこむ体質を指し、
「守銭奴みたいなもの。それだけ貯めてどうする」
と発言しています。
緊急事態で評価される指標に
ところが、コロナ禍で状況は一変。多額の現金を持つ企業は「財務基盤が盤石」と評価されることに。
りそなアセットマネジメントの羽生雄一郎氏は
余剰資金がむしろ評価につながっている
手元資金、キーエンスは20カ月分 「頑固3兄弟」は盤石(日本経済新聞 電子版)
と指摘します。
上述の麻生大臣も、
内部留保(※2)がやたら厚くなけりゃ今回のコロナ対応はもっときつかったろうな。財務大臣の口車に乗って設備投資しなくてよかったと思っている経営者もいるんじゃないか(麻生財務相)
麻生財務相「コロナ対応、内部留保で助かった」 8年連続最高、企業にぼやき (毎日新聞)
と発言を一転、他の閣僚からも
大企業はこういうときのために内部留保を積み上げていると思うので、しっかりと活用してもらいたい(西村経済再生担当相)
新型コロナ禍で見直される「内部留保」 手放しでは喜べない理由(SankeiBiz サンケイビズ)
など、内部留保増加を容認する意見が相次ぎました。
今後も、多額の現金を手元に持つ企業が、増加するものと思われます。
オリエンタルランドのキャッシュフロー戦略
オリエンタルランドも、第2四半期報告書で、手元流動性の確保、つまり「多額の現金保有」を明言しています。そのための手段は3つ。支出を削減すること。売上減少幅を最小にとどめること。そして、負債の増額です。
以下、詳しく見ていきましょう。
[ 支出の削減 ]
支出の削減策は、第2四半期決算説明会で、「痛みを伴う人事施策」として示されました。その表現の通り、社員の冬季賞与減額や非正規従業員の配置転換など、厳しい内容です。イベント中止で仕事がなくなったダンサーの飲食店など他業務への転換や、退職勧告が含まれていたため、批判する意見が散見されました。
[ 売上減少幅の最小化 ]
具体的には、客単価の増加策です。2020年下期は、前年同時期より822円の増加(12,549円)を見込んでいます。2021年以降も、アルコール飲料の提供(現在テスト販売中)や、チケット価格変動制の導入により、さらなる客単価増を図るものと思われます。
[ 負債の増額 ]
オリエンタルランド社の自己資本比率は、2020年3月期で81%。コロナの影響を受けた2020年9月期であっても、74%を維持しています。負債が非常に少なく、「借りる余裕がある」ため、増額を予定しています。具体的には、社債の発行と、コミットメントライン契約(一定額の融資を金融機関に確約させること)の締結を行っています。
社債は、8月に2,000億円を登録、うち9月に1,000億円分を発行。これが今期、現金が増加した要因になっています。また、コミットメントライン(融資枠2,000億円)契約を、5月に締結。急に資金が必要になっても、3,000億円まで柔軟に対応できる体制を確立しました。
これら3つの手段により集めた潤沢な資金を、何に使おうとしているのでしょうか。
運転資金や不測の事態への対応もそうでしょう。しかし、最大の使途は将来への「投資」。新テーマポート「ファンタジースプリングス」への設備投資です。
新テーマポート「ファンタジースプリングス」とは
「ファンタジースプリングス」は、人気のディズニー映画「アナと雪の女王」や、「塔の上のラプンツェル」「ピーター・パン」の世界を再現した、新テーマポートです。総投資額(2,500億円)・拡張面積(約14万平方メートル)とも過去最大(※3)。開業は2023年度を予定しています。
ザ・ウォルト・ディズニー・カンパニー(米国本社)とは、この計画の基本合意と合わせ、ライセンス契約の延長も実施しています。現行、最長2046年までだった契約は、2076年まで延長されることとなりました。
守銭奴ではなく戦略家
50年以上先を見据えた契約締結。目的の明確な資金計画。コロナ禍でも淡々と計画を実施する姿勢。そこから見えるのは「守銭奴」ではなく「戦略家」の姿です。
この、戦略がアフターコロナで奏功するのか。まずは2023年に期待したいと思います。
[ 参考 ]
※1
売上高は、2019年度実績を使用
※2
内部留保は引き算(総資本-負債-資本金など)で計算結果として算出される。厳密には現金とは異なるが、、国会等の議論では現金と同様に扱われていたため、本記事でも同様の扱いとしている。
※3
既存施設への追加投資としては過去最高。東京ディズニーシー開業以来最大の面積を拡張