テロリストの照準は宗教施設に

4人が殺害され、20人以上が重軽傷を負った「ウィーン銃撃テロ事件」が起きて来月2日で1カ月が過ぎるが、20歳のテロリストの犯行日の足跡を捜査している警察当局によると、容疑者はユダヤ会堂(シナゴーク)近くのカトリック教会(Ruprechtsk教会)を襲撃する計画だったが、教会の戸が閉まっていたため、断念した可能性があるという。

ウィーン銃撃テロ事件の犯行の場で追悼する宗教関係者(2020年11月6日、ウィーン市内、オーストリア国営放送中継放送から)

ウィ―ン市1区のカトリック教会では事件の2日午後7時半、16人の青年信者たちが祈祷会を開いていたが、外で銃撃の音が聞こえたために急遽、教会の戸を閉じ、教会内の電気を消した。3日午前2時、治安部隊が教会にきて「容疑者は射殺された」と聞いて、はじめて教会から出ることができたという。16人の青年信者たちは7時間余り、教会内に身を潜めていたことになる。

このニュースを聞いて、オスロのテロ事件(2011年7月22日)を思い出した。テロリストのアンネシュ・ブレイビクはオスロの政府庁舎前の爆弾テロ後、郊外のウトヤ島に行き、そこで社民系の青年グループの夏季集会を襲撃し、若い青年たちを次々と射殺していった。77人を殺したオスロのテロ事件はノルウェー国民だけではなく、欧州全土に大きな影響を与えた。

ウィーンの容疑者(犯行現場で特別部隊BEGAに射殺された)が祈祷会を開いている青年信者が集まっていた教会に入っていたならば、オスロのテロ事件のように、多くの青年たちが犠牲となっていたかもしれない。

幸い、教会にいた若者が素早く判断して教会の戸を閉め、電気を切って身を隠したことで大惨事は防げられたわけだ。教会近くにあるシナゴークの場合にも当てはまることだ。容疑者はシナゴークに入ろうとしたが、犯行時間の午後8時には戸が閉められ、入ることが出来なかった。

旧東独ザクセン=アンハルト州の都市ハレ(Halle)で昨年10月9日、27歳のドイツ人、シュテファン・Bがユダヤ教のシナゴークを襲撃する事件が発生した。犯人は、シナゴークの戸を銃と爆弾を使って破壊し、会堂内に侵入する予定だったが、戸を破壊出来なかった。

不幸な実例だが、ニュージランド(NZ)中部のクライストチャーチにある2つのイスラム寺院(モスク)で昨年3月15日、銃乱射事件が発生し、49人が死亡、子供を含む少なくとも20人が重傷した。モスクがオープンだったから、テロリストは自由に侵入できたわけだ。

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ウィーンのテロ事件で「容疑者が教会やシナゴークに入っていたらどうなっていたか」という最悪のシナリオを考える時、関係者の冷静で迅速な判断などもあって惨事は免れたわけだ。不幸中の幸いだった。

欧州では「教会は24時間、開いている」と考えられてきたが、テロの襲撃を防ぐためにも、教会は今後、入口には最低1人の警備員を配置し、不必要な時は戸を閉めることなどを実行すべきだろう。

ウィーンの銃撃テロ事件についてはこのコラム欄でも数回報じてきた。事件の容疑者は20歳、北マケドニア系でオーストリア生まれ。二重国籍を有する。シリアでイスラム過激組織「イスラム国」(IS)に参戦するためにトルコ入りしたが、拘束された後、ウィーンに送還された。

そして昨年4月、反テロ法違反で禁固1年10カ月の有罪判決を受けたが、刑務所でイスラム過激主義からの更生プロジェクトに積極的に参加し、同年12月5日に早期釈放された。その後、ドイツやスイスのイスラム過激派と交流していたことが判明している。

捜査が進むにつれて、ウィーン銃撃テロ事件は事前に防ぐことが出来た事件だったことがわかった。オーストリア内務省の「連邦憲法擁護・テロ対策局」(BVT)の対応ミスで事件は起きてしまった。11月26日、事件を調査する独立調査委員会がスタートしたばかりだ(「ウィーン銃撃テロ事件は避けられた」2020年11月6日参考)。

新型コロナウイルスの感染防止のため、クリスマス・シーズンは例年のような華やかさや賑わいはないが、それでもクリスマス市場(オンライン準備)や教会には多くの人々が集うシーズンだ。それだけに、イスラム過激派の襲撃対象となる危険性は高い。

ネハンマー内相は26日、「シナゴークや教会など宗教関連施設を厳重に警備する」と強調していた。同相によると、テロ対策の特別部隊コブラが教会周辺で警戒に当たるという。オーストリアではこれまで重武装したコブラが公共の建物前や宗教関連施設前で警備することはなかった。

テロリストが教会やモスクを襲撃するのは、他の場所を襲撃する以上に大きなインパクトを与えるからだ。イスラム教テロリストはキリスト教会を襲撃し、キリスト教を信じる白人テロリストはモスクを襲うことで相手の信仰を抹殺するという強烈な憎悪のメッセージを配信できる。

参考までに、ウィーン市内で26日午後、停留所近くにいたユダヤ教のラビの傍に、170cm、50歳ぐらいの女性が突然近づいてきて、ラビの頭からキッパを剥ぎ取り、逃げていったという事件があった。目撃者の話ではその女性は手にナイフを持っていた言う。警察当局はテロ事件として調査を始めている。

イスラム過激派テロリストはテロを行う際、「神は偉大なり」(アッラーフ・アクバル)と叫ぶが、この女性は「全てのユダヤ人を虐殺せよ」(Schlachtet alle Juden)と叫んでいたという。さまざまな憎悪が至るところで燻り続けている。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2020年11月30日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。