1日、暗号資産リブラの発行を準備していたリブラ協会は、リブラという名前をディエムに変え、協会の名前もディエム協会にすると発表した。
米ドルやユーロなど複数の通貨のバスケットの価値にリンクするリブラと異なり、ディエムは米ドルにリンクした暗号資産(価格変動がないという意味でこれらはステーブルコインと呼ばれる)として発行されるとのことだ。
リブラは、その価値の裏付け資産が複数の通貨で構成されるため、特定の国の金融政策から独立したものとして、米ドルやユーロ、円といった既存の通貨の競争者ないし挑戦者だった。
しかし、リブラの後継者のディエムは、その価値を米ドルにリンクさせることから、アメリカのFRBの金融政策に従属することになる。これはちょうど香港ドルが米ドルにペッグされていて、香港金融管理局が自分の思うように通貨の量を増減させて金融の緩和や引き締めをできないことと同じだ。
ディエムはその独立性を犠牲にして、主要国の政府・中央銀行・議会などからの、「金融政策の効果を弱めかねない」という批判をかわそうとしているのだろう。
しかし、利用者の立場からすれば、将来のインフレヘッジを重要な取得目的の一つとしているのに、米ドルと交換価値が固定され、米ドルがインフレで減価するとディエムも一緒に価値が減るのであれば、わざわざ手持ちの米ドルをディエムに変えるメリットはないように思える。ディエムには、ほかにメリットはあるのだろうか。
その答えは最近発行額が急増しているテザー(Tether)というステーブルコインを見ると分かる。テザーもその価値を米ドルに固定している暗号資産で、その時価総額は2020年1月には50億ドルにも達しなかったのに、12月5日現在では200億ドル近く(約2兆800億円)まで急増している。
アメリカCNBC.comは8月22日付の記事で、Chinalysisという暗号資産監視ソフトウェア会社の報告書を引用しつつ、この1年間に中国にあるウォレットから海外へ500億ドル(約5兆2000億円)を超える暗号資産が移転したが、中国では外貨の購入が年間5万ドル以下に制限されている中で、中国人が暗号資産を使って資産を海外に逃避させている可能性があると報じている。さらにこの記事は、暗号資産の保有者は、送金するまでの間にビットコインのような価格変動リスクを負わずにすむテザーを資金移動に使っているとも述べている。
ディエムもテザーと同様、既存のSWIFTなどの国際銀行間送金ネットワークを使用せずに迅速・安価に国際送金できることをウリにすると思われるが、これはG7などの場で暗号資産に対してたびたび批判が行われているように、当局の監視の目をくぐってディエムによる犯罪収益の移転やマネーロンダリングが行われる危険性が大きいことも意味している。
ディエム協会の中核を担うフェイスブックの全世界の利用者数は27億人を超えると言われており、ディエムの発行が正式に認められれば、その影響力はテザーの比ではない。ディエム口座の開設やディエムの送金について十分な本人確認と取引の追跡ができない限り、主要国政府はその発行を承認しないと思われる。
またこの他に、ディエムの米ドルとの等価交換を保証するための裏付け資産についても、規制当局との間でもめる可能性がある。
暗号資産の発行額に対して裏付け資産を100%保有することをどう義務付け、また、その実態をどう検証するかが問題だ。これについてはかねてより、テザーは100%の裏付け資産を持たないのではないかという疑惑が各方面から指摘されており、今年9月にはニューヨーク州司法長官からテザーの財務内容を公表するようにとの命令が出されている。
ディエム協会はフェイスブックが中核なので、対外的信用を重んじて100%の裏付け資産を持たない可能性は低いとしても、仮に裏付け資産を米国債で持つとすれば、金利状況次第で価格変動リスクはあり、裏付け資産の評価額が変わって来る。それにディエムの購入者がドルを払い込んでテザーの発行を受け、その裏付けに米国債が購入されるという一連の取引は、ディエムの購入者が米国債の投資信託を購入することに類似している。
もちろんディエムの購入者は投資信託と違って分配金を受け取らないといった違いはあるが、もし投資信託と認定されればディエムは各種の規制や免許の対象になり、こうした点も今後大きな問題となる可能性がある。
今年10月13日に発表されたデジタル・ペイメントに関するG7財務大臣・中央銀行総裁声明が「いかなるグローバル・ステーブルコインのプロジェクトも、適切な設計と適用基準の順守を通じて法律・規制・監督上の要件に十分に対応するまではサービスを開始すべきではないとの立場を、引き続き維持する」と言っているのは、こうしたステーブルコインの問題を指摘しているのだ。
ディエム協会は来年1月にも本拠を置くスイスの当局から発行の承認を得たいようだが、果たしてスイス政府がそれを認めるかどうか、かなり危ういものがあると言わざるを得ない。