岩田健太郎氏が「ファクターXは幻想だ」というので、何か新しい科学的エビデンスが発見されたのかと思って読んでみると、その根拠は
残念ながら現状では、ファクターXを強力に立証する報告はない。細かな、マイナーな報告はなくはないが、それをもって日本人が安全に観光旅行を楽しめる理由付けには到底ならない。
これだけである。エビデンスは何もない。ファクターXが「安心を醸成するキーワード」というのは逆である。彼のような専門家が統計的に根拠のない「不安」をあおったことがパニックを引き起こしているのだ。
ファクターXにはいろいろな定義があるが、おおむね免疫機能の地域差がコロナ感染率や死亡率に影響しているという仮説である。ワクチンによる獲得免疫だけが免疫ではないので、自然免疫や交差免疫が影響していることは生物学的には考えられる。
これは今のところ、あくまでも仮説だが、これを幻想だと断定するには「免疫機能の地域差が統計的に有意ではない」というエビデンスを示さなければならない。
図1のようにコロナ死亡率には国によって数十倍の差がある。G20の中だけでも、イギリス(100万人あたり950人)と韓国(同12人)には約90倍の差がある。これは統計的に有意な差である。これを医療やマスクなどの生活習慣で説明できるだろうか。
アフリカでコロナ死亡率が低いのはなぜか
これについて、いつもは意見の違う篠田英朗氏が岩田氏に賛同している。この記事には根拠が書かれているので、検討してみよう。
- 「欧米」の「致死率」は春先に異常値を示していたが、現在はほぼ世界平均水準になってきている。<春先の欧米の致死率が異常だっただけ。>
- 「欧米」よりも人口当たり死亡者が少ないのは「アジア」だけでなく、「アフリカ」や「オセアニア」も低い。
- 日本の致死率・人口当たり死亡率は、「欧米」より低いだけで、アジア・アフリカ・オセアニアの中で際立って低いわけではない。
- 一定期間、低水準の人口当たり死亡者を記録していた国が、突然死亡者を増加させることは大いにありうる。その国における感染拡大に応じて死者が少なかったり増えたりするだけだと考えるのが自然。
- 感染拡大は、人間的な事情で動いているように見える。
まず1は致死率(死者数/感染者数)という統計的に意味のない数値をもとにした議論である。欧米の致死率が下がった最大の原因は分母(検査陽性者数)が増えたことであり、図1のようにヨーロッパの人口当たりコロナ死亡率は今も統計的に有意に高い。
2以下は人口当たり死亡率をベースに論じているが、「アジアだけでなく、アフリカやオセアニアも低い」という事実は、ファクターXを否定する根拠にはならない。むしろ図2のように医療環境が最悪のアフリカで平均死亡率がイギリスの1/50程度だという事実は、この差が医療や衛生環境では説明できないことを示す。
篠田氏はファクターXを「世界で日本だけが感染しにくく、死亡しにくい」と理解しているようだが、これは日本だけの現象ではない。免疫機能の差はアジアでもアフリカでもみられる。むしろ彼が3で認めるように、アジアでは日本の死亡率(100万人当たり20人)は、きわだって低いわけではない。図3のように東南アジアよりは低いが、中国や韓国より高く、アフリカの平均ぐらいだ。
「日本モデル」は有効なのか
以上をまとめると、
- 医療の充実しているヨーロッパ圏のコロナ死亡率が他の国より統計的に有意に高い
- 医療や衛生環境が最悪のアフリカで死亡率が有意に低い
- アジアの中で医療が充実している日本の死亡率は有意に低くない
というデータは、日本の死亡率がヨーロッパよりはるかに低い最大の原因は医療や衛生環境ではないという「消極的ファクターX仮説」を支持する。その積極的な原因はまだ特定できないが、ファクターXの存在は否定できない。生活習慣などの「人間的な事情」は影響しているだろうが、ヨーロッパ圏とそれ以外の数十倍の差は、そんなランダム要因では説明できない。
それに代わる篠田仮説は「三密回避などの日本モデルが成功した」というものだが、日本以外のアジア諸国やアフリカでは「日本モデル」を採用していないのだから、この仮説は棄却される。むしろ結核の死亡率が高いアフリカで顕著にコロナ死亡率が低いという事実は、結核に対する免疫がコロナにも影響しているという「訓練免疫」仮説を示唆する。
自然免疫や交差免疫でコロナ被害が少なくなったというファクターX仮説は、篠田氏のいうような「神秘主義的主張」ではない。山中伸弥氏だけでなく宮坂昌之氏などの免疫の専門家も指摘し、西浦博氏でさえ認めている科学的仮説である。昔からコロナ系のウイルスにさらされてきた東アジアや、結核菌にさらされてきたアフリカでは、コロナに対する免疫機能が強まっていると推定できる。
ファクターX仮説は有望だが、日本政府はいまだにそれを認めていない。それは感染症対策分科会の推奨する「日本モデル」と矛盾するからだ。アジアでも超高齢化した日本の死亡率が比較的低いので、三密回避の効果がゼロだとは思わないが、それほど大きくない。最大の原因は生物学的な免疫機能だと考えることが合理的である。