EUの対中「マグニツキー法」に期待

欧州連合(EU)と英国間の自由貿易協定(FTA)交渉が24日、合意し、EUは来年1月1日に暫定発効させる予定だ。英国のEU離脱後、長い交渉の末、無協定といったカオス状況を回避できたわけだ。EUは喜んでいる時間がない。次はEUと中国との間の投資協定の締結が差し迫ってきている。EUと中国はドイツが今年下半期の議長国をやっている間に投資協定を合意することを目指してきたからだ。

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EUにとって中国は米国に次いで2番目の通商相手国だ。中国から欧州市場に落とされる投資の半分以上は中国国営企業からのものだ。彼らは戦略的に重要な分野に巨額の資金を投入する。例えば、インフラ分野だが、中国の投資内容には不透明なものが多く、その全容が掴めない状況だ。

中国はEU市場に積極的に進出する一方、欧州の企業は中国共産党政権の強権政治の下、様々な障害があって自由な投資が出来ない、といった不満の声が絶えなかった。EUはここにきて「投資協定の締結」と「中国の人権改善」をリンクさせる政策を取り出した。それを受け、中国側の反発も強まってきている。

ところで、EUの中でもドイツのメルケル首相はこれまで12回訪中するなど、中国共産党政権と友好関係を構築し、ドイツ企業の中国進出を促進してきたことで知られている。そのメルケル首相が聞いたらショックを受ける中国外交官の発言が報じられた。

ドイツは国連安保理の非常任理事国とした活躍してきたが、ドイツ大使が離任する前日の安保理での話だ。ドイツ大使が会場で中国代表団に拘束中の2人のカナダ人の釈放を求めた。すると、中国大使代理はドイツが安保理メンバーから離れることに言及し、「ドイツが(国連安保理メンバーから)去って、嫌な奴がいなくなってせいぜいするよ(Good riddance)」と発言したというのだ。ロイター通信が12月22日報じている。

中国外交官は「戦狼外交」と呼ばれ、北京から派遣された外交官は相手が中国側の要求を受け入れないとリングに上がったボクサーのように拳を直ぐに振るい始める。罵声、中傷発言をも躊躇せず、相手をこき下ろす暴言を吐くことで知られているが、同大使代理もその仲間の一人だったわけだ。

中国外交官は国内の人権問題に言及されると、その素性が飛び出す。昔は「内政干渉は許さない」で終わったが、ウイグル人問題や法輪功迫害問題に言及されると、狼の素性が飛び出す(「世界で恥を広げる中国の『戦狼外交』」2020年10月22日参考)。

ルクセンブルク市に本部を置く欧州会計監査院(EuRH)が9月10日、EU域内の中国の国営企業の投資状況に関して分析した報告書を公表した。それによると、「中国の国営企業は北京の共産党政権の管理下にあるため、EU市場の経済規律を無視し、歪めることが多い」と指摘。中国国営企業はEUでは通常の企業に適応される国家補助金や助成金の規制の適応外に置かれていると強調。その上、「中国企業がEU加盟国でどの分野に投資したのか、その内容や規模に関する信頼できる情報がまったくない。加盟国も国益を最優先するから中国企業の投資に関する詳細な情報を提供しない。そのため、EUは共同の対中投資戦略が構築できない」と嘆いている。

EUは2016年、中国の鉄鋼ダンピングを受けて反ダンピング関税引き上げ措置をとり、中国が久しく要求してきた市場経済ステータスの承認を拒否するなど、中国を「パートナーであると同時に、体制的ライバル(systemic rival)」と位置付けてきた。EU委員会は7月24日、次世代の移動通信システム「5G」の導入に当たり、重要な通信システムを外国企業に委ねてしまっては安全保障上のリスクが大きすぎると判断している。中国企業の直接投資(FDI)に対するスクリーニング制度の導入など、中国の投資への警戒心が欧州に広がってきている。

習近平国家主席は2012年、政権を掌握すると積極的な覇権外交を進め、新マルコポーロと呼ばれる「一帯一路」構想を打ち出し、アジア・アフリカなどに甘い言葉をかけ、参加後は相手国を債務支払い不能にして、中国のいいなりにする、まるでマフィア、ヤクザのようなやり方を行ってきた。それだけではないのだ。EU27カ国中15カ国が「一帯一路」プロジェクトに関連した投資で北京政府との間で意向書に署名しているのだ

EUは中国と2013年から企業の投資保護、市場参入の規制緩和について投資協定を交渉してきたが、ここにきて中国の人権問題を投資協定とリンクさせて、北京に圧力を強めてきている。EUのジョセップ・ボレル外交・安全保障上級代表(外相に相当)は今月21日、中国の著名な人権派弁護士の高智晟氏らを直ちに釈放するよう求めたばかりだ。

そしてEU27カ国は今月8日、人権侵害を行った個人・団体を制裁対象とし、EUへの渡航禁止措置や資産凍結などを行う経済制裁法を施行させた。同内容は欧州版「マグ二ツキ―法」と呼ばれている。

ちなみに、「マグニツキー法」とは、ロシアの弁護士セルゲイ・マグニツキー氏の名前からとったもの。同弁護士は同国税務当局をめぐる巨額横領事件を告発後、拘留され、獄中死した。米国は2012年、「マグニツキー法」を制定している。EUの欧州版「マグニツキー法」は中国を狙ったものだ。

中国共産党政権の人権蹂躙は幅広い。「言論・報道の自由」から「信仰の自由」、法輪功メンバーに対する「強制臓器移植問題」から少数派民族「ウイグル人弾圧政策」までだ。ウイグル人問題では100万人以上が強制収容所で同化政策を強いられ、女性には不妊手術が行われている。

欧州は中国の人権蹂躙問題には余り声を大にして北京を批判してこなかったが、中国当局が今年、香港で「国家安全維持法」を施行させ、民主派議員の資格はく奪や、民主活動家の逮捕などを相次いで行ってきていることで危機感を感じ出してきたわけだ。

EUが中国と投資協定の締結問題で人権問題をリンクさせ、中国側に圧力を行使することは賢明だ。人権蹂躙が中国側にも大きな代価を強いることを知らせるべきだ。中国との投資協定の締結は、中国の人権状況の改善後でも遅すぎることはないからだ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2020年12月26日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。