顧問・麗澤大学特別教授 古森義久
年末を迎えて、2020年の世界の情勢を振り返ると、最大の出来事はやはりアメリカの大統領選挙だと言えよう。超大国アメリカの最高指導者が誰になるのかは、今の世界ではどう考えても、超大の要因である。
しかも今回の選挙では前代未聞の事態が起きた。2人の有力候補が対決して、全米での投票が実施されたが、その結果がなかなか確定しないのである。11月3日の投票日から、なんと40数日が過ぎた12月22日の現在、厳密には最終結果が確定していないのだ。
周知のように今回のアメリカ大統領選挙では共和党の現職ドナルド・トランプ大統領に対して民主党のジョセフ・バイデン前副大統領が挑戦した。そして11月3日の投票日の直後からの開票結果ではバイデン氏がより多くの票を集め、すでに勝利を宣言した。
だからこのまま時間が過ぎれば、バイデン氏が次期、つまり第46代目のアメリカ合衆国大統領となるだろう。その就任式は2021年1月20日と決まっている。だがトランプ大統領はこの選挙結果、開票結果、集計結果を正当だと認めていないのだ。だから当然、敗北宣言もしていない。
しかしトランプ大統領はなぜこれほどまでに強く「選挙の不正」を訴え続けるのか。いや大統領だけではない。共和党の上院での有力議員のマルコ・ルビオ、テッド・クルーズという気鋭の政治家たちも大統領に同調して、「民主党の選挙不正」を非難する。下院でも共和党議員100人以上が今回の選挙の無効までをも訴える。
この非難に対しアメリカの民主党支持のワシントン・ポストなどの主要メディアは「根拠のない主張」と一蹴する。日本の大手の新聞やテレビも同様に「トランプ大統領の選挙不正の主張はなんの根拠もない」と切り捨てる。だが「不正の主張には根拠がない」とする断定にどれほど根拠があるのだろうか。
この種の民主党支持メディアが触れないのは郵便投票の不正の温床である。今回の選挙での最大の特徴だった異様なほどに多い郵便投票には制度的、構造的、歴史的にあまりに多様な欠陥があった。正しい投票が投じられない抜け道があまりに多かった。その点をトランプ陣営が追及することは極めて自然なのである。
この種の不正糾弾の主張の結果、選挙全体の結果が覆るかどうかはまた別の問題である。不正の投票が証明され、その全体数がある程度、判明してもなお、その数がバイデン勝利という今の全体の構図を逆転する見通しは少ない。だが不正がかなりの程度、存在したことは否定できないのである。その温床である郵便投票に光を当ててみよう。
アメリカの大統領選ではアメリカ国籍を持つ18歳以上の男女が有権者となる。ただし事前にその「有権」を登録しておかないと、実際の投票はできない。有権登録者である。そしてその投票は投票日の当日に本人が地元の投票所に出掛けて、有権の資格を証明し、一票を投じるという本人投票が主体となる。
ところが近年の傾向として投票日には都合が悪いという有権者たちのために事前投票が広範に認められるようになった。投票日には居住地にいないという意味で不在投票とも呼ばれる。その事前投票には有権者本人が事前に決められた投票所に出かけて、投票日の不在を前提に事前の一票を投じるという方式もあるが、圧倒的に多いのは郵便投票である。
今回の選挙ではこの郵便投票が驚異的に増大した。全投票数の1億6千万ほどのうち半分を超える8千万以上がなんと郵便投票となったのだ。郵便投票以外の事前投票を加えると、投票日の当日の有権者本人による本人投票よりも郵便投票が多くなったという異様な状態となったのである。
前回の2016年の大統領選では郵便投票は全体票のおよそ4分の1、約3千300万票ほどだった。だから今回は倍増以上だったのである。その最大の原因は新型コロナウイルスの大感染だったと言えよう。だがそれ以外にも民主党が全米での総力を挙げて、郵便投票の拡大に努めたことが指摘される。
共和党側はこの郵便投票の拡大にこそ民主党バイデン候補の勝利の主因があり、そのプロセスには多様な不正がからんでいたと主張する。この郵便投票の不正の指摘は共和党側からだけに限らない。その辺りの実態を知ることは今回の選挙後の大混乱を理解する上では欠かせないだろう。
民主党側の郵便投票作戦の背後に民主党側がここ数年、全米規模で進め、多数の州で採用された郵便投票での「投票収穫」という特殊な方式が存在するのである。特定の代理人が穀物を収穫するように一般有権者からの郵便投票を多数、集めるというのがこの「投票収穫」である。
この「収穫」方式が今後の選挙でもなお論議を招くことは確実だと言える。ただし民主党に有利だとみられるこの新方式の是非を民主党支持の大手メディアが取り上げることは極めて少ない。
「投票収穫」とは郵便投票で有権者の投票を第三者が直接集めて、選挙管理側に送るという方式を意味し、その用語は各州の選挙関連の法律でもそのまま使われるようになった。謂わば生産者側で実った穀物や果物を第三者が収穫して消費者に届けるというわけだ。
民主党は前回の大統領選挙での敗北後、特に郵便投票を重視し、この投票収穫方式を熱心に推進するようになった。2018年の中間選挙でも民主党はこの収穫投票を多様な形で導入し、下院議員選挙ではとくに成功を収めたという。
民主党では今回の大統領選挙に向けて昨年1月に、投票収穫を制度的に広める「選挙改革法案」を下院に提出した。同法案は郵便投票の制度的な拡大のための有権者登録の簡素化、郵便投票での本人確認の手続きの緩和、郵便投票の到着期限の緩和、その内容と送付者の身分証の合致検査の緩和などが骨子だった。だが連邦議会では共和党が多数の上院が反対したため、民主党は各州に向けて投票収穫の簡素化や自由化を働きかけた。
その結果、今回の大統領選では全米24州で有権者が収穫人を自由に選べるほか数州で1人の収穫人が10票までを採集できるようになった。収穫人が民主党の活動家となった実例が各州で報告された。
民主党傾斜ではない大手紙ウォールストリート・ジャーナルのキンバリー・ストラッセル記者は投票後の11月13日付の同紙に「2020年選挙での収穫」と題する解説記事で「投票収穫」と民主党の集票力の急増について以下の骨子を述べていた。
- 民主党はコロナウイルス感染拡大後、各州政府に郵便投票の規制緩和を求めて収穫人の活動を拡大し、郵便投票での民主党票を増やすことに成功した。
- 共和党側は「投票収穫」を違憲だと非難し、上院共和党の院内総務ミッチ・マコーネル議員は「この動きはアメリカ政治の基本を一方の政党に有利となるように変えようとする露骨な工作だ」と糾弾した。
- 保守系研究機関のヘリテージ財団のアメリカの選挙専門家のハンスフォン・スパコフスキー氏は「そもそも郵便投票は選挙管理当局者の正当な監視を不可能にするという点で最悪の選挙方式だ」と批判した。
ストラッセル記者は以上のように解説し、この「収穫」方式がバイデン氏に勝利をもたらした最大要因だと総括していた。つまり今回の郵便投票では有権者が個別に郵送すべき票を収穫人がまとめて多数、集め、しかもその扱いを意図的に変え、有権者の本人証明も恣意となり、トランプ票が収穫人により破棄された疑惑も生まれ、という不正の疑いが絶えなかったのである。
トランプ陣営がしきりに訴える民主党の選挙での不正疑惑はこのように、郵便投票、特に投票収穫に密接に結びついていることは日本からアメリカ政治を考察する上でも、知っておくべきだろう。
古森 義久(Komori Yoshihisa)
1963年、慶應義塾大学卒業後、毎日新聞入社。1972年から南ベトナムのサイゴン特派員。1975年、サイゴン支局長。1976年、ワシントン特派員。1987年、毎日新聞を退社し、産経新聞に入社。ロンドン支局長、ワシントン支局長、中国総局長、ワシントン駐在編集特別委員兼論説委員などを歴任。現在、JFSS顧問。産経新聞ワシントン駐在客員特派員。麗澤大学特別教授。著書に『新型コロナウイルスが世界を滅ぼす』『米中激突と日本の針路』ほか多数。
編集部より:この記事は一般社団法人 日本戦略研究フォーラム 2020年12月21日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方は 日本戦略研究フォーラム公式サイトをご覧ください。