回顧2020:「実効再生産数」から「善行再生産数」へ

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2020年は中国武漢発の新型コロナウイルスのパンデミックの1年だったことに異議を唱える人はいないだろう。当方はこの1年間、毎日コラムを書いてきたが、新型コロナウイルス感染コラムは既に100本を超えている。それだけ、20年は新型コロナが話題を独占した年だったといえるわけだ。もちろん、米大統領戦とその「不正集計問題」も大きな出来事だった。オーストリアの場合、11月2日にウィ―ン市で起きたイスラム過激派銃撃テロ事件も国民の記憶に残る出来事だった。

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▲2021年は良き年となりますように(2020年12月29日、ウィ―ンで)

新型コロナもウィーンの銃撃テロ事件も暗いニュースである点では変わらない。それではグッド・ニュースはなかったのかというと、やっぱりあった。オーストリアの場合、男子プロテニスでドミニク・ティ―ム選手がメジャー大会の一つ、全米オープン大会に初優勝を飾ったことだ。コロナ禍で苦しむ国民を喜ばせた。

ところで、新型コロナ感染が欧州を席巻し、イタリアを含む欧州各地で多くの犠牲者を出している。当方の親戚が住むイタリア北部ロンバルディア州のベルガモはその中でも最悪の感染地となった。軍のトラックが遺体を他の州に埋蔵するために運ぶシーンはベルガモ市民の悪夢となってしまっただろう。

当方はこの1年、取材で海外に出かけることはなく、国連取材はもっぱら自宅でフォローしてきた。国連からは定期的にニュース・レターが送られてくる。「今回何人の国連職員が新型コロナに感染した」という速報も届く。12月21日現在、累計感染者数は180人、そのうち168人は回復した。多くの場合、国連内での感染よりも、自宅など勤務先以外での感染だ。国連に記者登録しているジャーナリストの取材記者証の延長は来年に入ってからになったばかりだ。

新型コロナが猛威を振るったこともあって、当方は今年、新型コロナ関連のコラムを書いてきたが、そのおかげといえば可笑しいが、普段の取材では使用しない感染病関連専門用語を学んだ。当方は基本的にはドイツ語メディアを利用している。この1年余り、多くの独語専門用語と接触した。隔離期間、核酸検査(PCR)、無接触感染(エアロゾル)、ロックダウン、(covid-19の)直径100ナノメートル、抗原検査、抗体検査、実効再生産数(Rt)、集団免疫、FFS2マスクなどだ。その他、国立感染症研究所「ロベルト・コッホ研究所」(RKI)や著名なウイルス学者、クリスティアン・ドロステン教授(シャリテ・ベルリン医科大学ウイルス研究所所長)などの研究所や専門学者の名前を知った。

難しいドイツ語の専門用語を辞書を開きながらその意味を掴んでいく。年を取ると記憶力は衰えてきたが、毎回出てくると、自然に頭に入ってくるものだ。新型コロナのおかげで、新しい領域について学ばされてきた。

その中で「実効再生産数」という用語に心が魅かれた、というか、なるほどと思わされた。病原体の感染力を表示する上で役立つ。まだ感染が広がっていない状況下で、1人の感染者が平均、何人の人に感染を広めるかを数字で表す「基本再生産数」は「RO」で表示。既に感染が広がっている状況下で感染者した人が何人に感染を広めるかは「実効再生産数」と呼ばれ、「Rt」の記号が使われる。感染が猛威を振るっている地域では、Rt=3、ないしは4といった数字となり、感染が下火になった場合は、Rt=0.5というふうに、1人の感染者が広げる感染者数が1人以下を意味する。だから、世界各地の「Rt」を比較すれば、どの地域で感染が広がっているかが一目瞭然となる。

なぜその「実効再生産数」に興味を感じるかといえば、上記の内容は病原体の感染力を表示するが、1人の人間が何らかの善行をしたとして、その人の善行がその後、何人の人にその善行を広げていくかを数字で表示する「善行再生産数」という用語があってもいいのではないかと考えたからだ。1人の善行が平均、何人の人にその良き影響を増殖、拡散していくか、という考えだ。

「善行再生産数」を「Gt」で表示するとすれば、そのGtが2,3となれば善行は拡大し、社会は良くなってきているといえる。逆に、「Gt」が1以下の場合、社会は悪くなってきていると判断できる。数字が1以下と少なくなれば良かった「Rt」とは逆で、「Gt」は1以上、数字が多いほどいいわけだ。

「Gt」=100の社会を考えてみてほしい。1人が行った善行が平均100人に広がり、その100人の一人一人が更に100人にその善行を伝えていくことを意味する。そしてまた……、といった具合で一つの善行は宇宙的な広がりをみせていくことになる。「天国は近づいた」と叫んだ洗礼ヨハネの言葉はこのようにして成就されていくわけだ。

世界でコロナ用ワクチンの接種が始まった。2021年は新型コロナを克服して新しい生活をスタートできる希望が見えてきた。そこで来年は新型コロナの「実効再生産数」(Rt)が1以下となり、「善行再生産数」(Gt)が2以上に飛躍する社会を目指していきたいものだ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2020年12月30日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。