政治的思惑?「コロナ・ワクチン」いろいろ

中国武漢発の新型コロナウイルスが世界に感染を広めて10カ月以上が経過した。世界で30日現在、累積感染者数は約8200万人、死者数は約179万人だ。欧州連合(EU)では今月27日から米製薬大手ファイザーと独バイオ医薬品企業ビオンテックが共同開発したワクチンの接種が開始されたばかりだ。

コロナ禍に苦しめられた欧州の人々にとってワクチンは一種の救世主のようなもので、「これでようやく正常な日常生活に戻れる」と希望する声が聞かれる。同時に、ワクチンの接種問題では単なる医学問題ではなく、様々な政治的思惑が絡んできて、人々を混乱に巻き込んでいる面も否定できない。

▲独ビオンテック社のコロナ・ワクチン(ビオンテックの公式サイトから)

▲独ビオンテック社のコロナ・ワクチン(ビオンテックの公式サイトから)

EU加盟国ハンガリーで今月26日、ファイザー・ビオンテック製のコロナ・ワクチンではなく、ロシア製で「世界で最初に実用化されたコロナ・ワクチン」という名誉を得たスプートニクVの購入が明らかになると、同国野党から、「国民をロシア製のワクチンで恐怖に落し入れるのは止め、EUが正式に認可したより安全なファイザー・ビオンテック製のワクチンの接種を実施すべきだ」とオルバン政権に申し出ている。

ハンガリーの野党「民主連合」(DK)の報道官は29日、「ぺーテル・シーヤールトー外務貿易相は6000本のロシア製ワクチンの到着を公表したが、EUが認可しておらず、ロシア国民や学者たちから懐疑的に受け取られているワクチンをなぜ購入したのか。誰に接種する予定かを明らかにしていない」とロシア製ワクチン購入に疑問を呈している。

それに対し、同外務貿易相は、「野党の批判は無責任だ。わが国の医者、ウイルス学者の見解を疑い、ロシアで製造されているワクチンを政治問題化している。わが国は昔から今日までロシア製ワクチンを接種してきた歴史がある。わが国のウイルス学者はスプートニクVが製造されている研究所を訊ね、その製造工程をチェックしてきた」と反論している。なお、オルバン政権は国内でロシア製ワクチンの製造に乗り出す可能性も視野に置いているという。

ロシア製ワクチンについてもう少し情報を得ようとロシアの情報放送「Russia Today」(RT)のサイトを開くと、ワクチン関連記事が2本、掲載されていた。1本はイスラエルでワクチンを接種した患者が急死したという話だ。75歳の男性が28日、ワクチンを接種し、自宅に戻った直後、心臓発作で亡くなった。イスラエル保健省は心臓発作とワクチン接種との関連は見つかっていないという。ただし、男性は過去、何度か心臓発作に襲われたことがあったという。どのワクチンを使用したかは明らかにされていない。同国では12月20日からワクチン接種が開始され、既に50万人以上がワクチンを受けている。

もう一本はEU国民のワクチン接種への関心が低いという世論調査の記事だった。RTはロイター通信の記事を引用し、副作用に関する十分な研究が終わるまでは、例えばフランスとポーランドでは国民の40%、ブルガリアでは15%の国民しかワクチンの接種を願っていないという。

ちなみに、EUはファイザー・ビオンテック製と英アストラゼネカ製のワクチンを2021年以内に全成人へ接種することを目標としているが、予想以上にワクチン接種への懐疑心が強いという趣旨の記事だ。

両記事に共通していることは、ワクチン接種に対する懐疑的傾向を報じていることだ。もう少し、厳密に言えば、RTはワクチン接種に関するネガティブな情報を恣意的に拡散している、といえるわけだ。

ドイツ連邦情報局(BND)のブルーノ・カール長官は、「ロシアは欧米で偽情報やプロパガンダを駆使したサイバー攻撃を繰り返し、政治的不安定感を広げようとしている」と警戒を呼び掛けている。具体的には、RTやオンラインの情報通信「Sputnik」が情報工作の手先という。

参考までに、新型コロナウイルスの発生地、中国では15種類のワクチンが臨床試験に入っている。このうち、5種は最終段階である第3相試験を行っており、有効性や副作用などを確認しているという。この5種は、中国医薬集団(シノファーム)傘下の中国生物技術(CNBG)の不活化ワクチン2種、北京科興中維公司の不活化ワクチン1種、軍事医学研究院と康希諾公司(カンシノ)が共同開発するアデノウイルスベクターワクチン、中国科学院微生物研究所と智飛生物公司が共同開発した組換えタンパクワクチンだ(海外中国メディア「大紀元」12月28日)。

中国国務院の通知によると、「ワクチンが人々を守るのは約6カ月間だけであり、COVID-19ワクチンを接種した後も、マスクの着用、社会的距離の維持、こまめな手洗いなどを続ける必要がある。100%予防できるワクチンはない」という。

前述したが、コロナ禍の欧州の人々にとってワクチンは救世主のようなものだが、どの時代でも救世主が直ぐに人々に信頼されて、受け入れられるということはない。コロナ・ワクチンも例外ではないわけだ。

 

読者の皆様、今年1年お付き合い下さり有難うございました。2021年が皆様にとって新しい希望溢れる年となりますように。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2020年12月31日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。