都営地下鉄民営化論再考① 東京の二重行政をなくせ! --- 前田 順一郎

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2020年11月、大阪都構想の住民投票が行われた。結果は「否決」だったが、「二重行政」の問題について改めて考えさせられる機会となった。実は東京にも「二重行政」は存在する。首都である東京において生じる二重行政は、大阪のそれとは異なり、国と都によるものだ。そして、その典型例が地下鉄事業なのだ。

東京の地下鉄は、東京メトロと都営地下鉄という二つの主体により運営されている。都営地下鉄の運営主体は文字通り東京都だ。一方、東京メトロは、旧運輸省の管轄だった「営団地下鉄」が2004年に株式会社化され「東京地下鉄株式会社(通称「東京メトロ」)」となったものである。持株比率は国が53.42%、都が46.58%であり、事実上「国の子会社」と言ってよい。つまり、東京の地下鉄は、国と都という二つの公共団体により運営されているのだ。このように大都市の地下鉄事業が複数の運営主体によりなされている例は、世界でも極めて稀である。

東京の地下鉄運営には二つの大きな課題がある。第一に運営の一元化の問題であり、第二に民営化の問題である。

運営の一元化の問題について過去最も熱心に取り組んだのは、東京都の副知事及び知事をつとめた猪瀬直樹氏だろう。当時(2010年頃)は民主党政権時代であり、国土交通大臣は前原誠司氏であった。民主党政権は公共インフラの民営化に対し極めて積極的であり、東京メトロの株式を上場し完全民営化する方針であった。

一方、猪瀬氏の主張は、東京メトロの株式を上場してしまえば都営地下鉄との一元化ができなくなるので、まずは都営地下鉄と東京メトロの統合を検討すべき、というものであった。私はこのような主張自体はまっとうなものであったと考えている。当時猪瀬氏が強調していたのは、運賃体系の簡素化や乗り換えの簡便化など「利用者の利便性の向上」が中心であったが、統合のメリットはそれだけではなく、固定費の削減や効率化等のシナジー効果も期待されるはずだ。

このように「二重行政」の解消の観点からも東京の地下鉄事業の一元化を志向していく方針に異論はなかろう。国としても、統合メリットを発現できる状態で株式上場した方が良いに決まっている。その方が株式市場も価値を高く評価してくれるだろう。

しかし、国(国交省及び財務省)側は両者の統合に必ずしも積極的ではなかった。国の懸念は主に二つあった。一つは、都営地下鉄事業には多額の長期債務や累積損失があること。もう一つは、都営地下鉄事業の株式価値の試算結果はマイナスであり、統合すると東京メトロの価値を毀損する可能性があることであった。

まず、企業会計の専門家として申し上げておく。一般に民間企業の経営統合において、一つ目の長期債務や累積損失に関する懸念は大きな問題にはならない。インフラ事業を営む場合に多額の長期債務が存在するのはある意味当然のことである。また、累積損失の存在は過去の損失発生の結果に過ぎない。大事なのは過去ではなく未来であり、将来のキャッシュフローである。

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その意味では、二つ目の株式価値がマイナスという点については確かに問題だ。通常、株式価値の試算は将来のキャッシュフローを基礎として算定される。もっとも、現在は都営地下鉄の業績が大きく改善しており、直近(令和元年度)の決算では、経常利益が300億円、償却前利益が641億円となっている。現在株式価値の試算をすれば、コロナによるマイナス影響があったとしても、流石に株式価値がマイナスということはないだろう。当時の国側の懸念は既にクリアされているのだ。

私自身、国交省で働いた経験がある。何しろ東京メトロは歴代事務次官の天下り先である。東京メトロをどうするか、というテーマは、同省にとって極めて重い。民主党政権が終焉し、安倍政権になると、そもそも東京メトロの上場の議論も大きく後退することになった。東京都にとっても簡単な話ではない。東京メトロは副知事などの重要な天下り先だ。知事が次々と変わる状況下で議論は進まなくなった。

でも、私は明確に申し上げておきたい。国交省や東京都の上記のような事情は、利用者や国民・都民の利益とは無関係である。あくまで利用者や国民・都民目線での議論がなされなければならない。既に当時の都営地下鉄に関する国側の懸念もクリアされている。もはや統合への障害は何もないのだ。

猪瀬氏が東京の地下鉄運営一元化の議論の口火を切ってから10年経った。しかしその間、残念ながら東京の地下鉄運営が著しく改善された形跡はない。昨年11月、大阪都構想で「二重行政」の問題があらためてクローズアップされた。今年夏には都議会議員選挙も控える。そんな今だからこそ、この議論を大きく前に進めるべきではないだろうか。

次稿では具体的な統合の手法について論じてまいりたい。

前田順一郎(公認会計士・日本維新の会)

1975年生れ。公認会計士・税理士・行政書士。東京大学経済学部卒業。マンチェスター大学経営学修士。あずさ監査法人・KPMGロサンゼルス事務所で金融機関の監査に携わった後、国土交通省航空局専門官として関空や福岡空港などのコンセッションを実現。現在は日本維新の会衆議院東京都第11選挙区支部長。著書に「会計が驚くほどわかる魔法の10フレーズ」(講談社)。