今年、新たに創設された「大学入学共通テスト」。その第1回目の試験において失格者が複数名出た。そのなかでカンニングペーパーを使用した不正行為に交じり、マスクで鼻を覆わなかったことを理由に失格となった受験生に対して、世間の多くの視線が注がれた。
第一報を目にした時、これまでの受験勉強が無になる失格を受け入れるだけの気骨のある若者が今も居るのか・・・と今年55歳になる筆者は驚いた。瞬間、少々好意的に受け取ってしまったが、この受験生がいずれどこかの会社に採用されたとして、果たして社会人としてトラブルなく働き続けることが出来るのだろうかと、職業柄、勝手な思いを巡らせてしまった。
感染対策に敏感であることは当然に予見された
今回の共通テストは、延期日程や追試対策など様々なコロナ関連対策が講じられるなかで実施されており、なかでも感染対策に敏感であることは当然に予見されただろう。例年と違う環境下の受験は皆等しく同じであって、相応の心構えで臨むのは受験対策として当たり前のことだ。
一般常識に照らせば、試験中にマスクを装着することは必至であり、身体的な理由からそれが難しいとなれば、大学入試センターに事前に問い合わせて確認し、対応策を取ることもまた受験対策として当然で、実際に対策した受験生もいたのではないか?
本件に関してネット上でも賛否がわかれており、そもそも「マスクの着用強制は非合理的だ」という受験生擁護の意見の一方、「ルールを守るのは当然」、「試験官の指示に従わなかったことが問題だ」と受験生を非難する意見も聞かれた。
なお、当該受験生は49歳の男性で、失格宣告後も席を立たず、その後トイレに3時間籠って警察に建造物不退去容疑で現行犯逮捕されたこと、同じ教室の受験生たちが別室に移動して試験を続けたことなどが詳報として伝えられた。
鼻出し受験生は49歳の男性 「これが自分の正しいマスクの着用」
ルールが決められている以上、それを守ることが大原則
筆者としては、やはり「ルールが決められている以上、それを守ることが大原則」だと考えるので、この受験生を擁護することは出来ない。“眼鏡が曇るので鼻を出した。これが自分の正しいマスクの着用”だとか嘯いているそうだが、曇り止めクリーナーを活用するなり、レンズをコーティングするなり、対策はいろいろと出来たはず。それを講じずに正しい着用を拒否し、マイルールを貫く姿勢には全く共感することは出来ない。
今回の件について教育評論家の尾木直樹氏が「妨害大人」とこの受験生を非難していた。同氏はコロナ禍の影響を受けて経済的な苦境による自殺者は政治で救えるなどと理想論ばかりを言い募ったりするので、かねてから物事の見方が筆者とは違うなと見ているのだが、この意見には珍しく同意してしまった。
「マスクを正しく着用しない人が居た場合には、自衛策としてマスクを二重にすれば良い」という意見も目にしたが、これにはまったく同意できない。受験に臨む際のルールが明示されている以上、それを義務として守れない者に対して、試験を受けるという権利を与えるべきではない。更に「ロボット試験官による人権侵害だ」と批判し「非典型的な個性に向き合い包摂することが本質。注意されたらおとなしく従うということが悪意ではなくできない個性もいる」と宣った科学者もおられるが、 “多くの受験生が一番集中できる形で受験できるように”するため、もし彼が試験官であったならば一体どういう行動を取ったのであろうか?是非とも、伺ってみたいものだ。
就業規則がマイルールに合致しなかったとして・・・
近年、労働基準法の改正による働き方改革の推進もあって、労働者の権利意識は各段に向上している。一昔前の中小企業には「うちには年次有給休暇などないよ」と平然と言ってのけた社長さんもおられたが、令和の時代には流石にお目にかからなくなった。しかし、有給休暇の取得は労働者の当然の権利ではあっても、その取得に際しては一定の制約が認められている。
いついかなる時であっても、請求すれば必ず取得出来るというものではない。「合理的な日数」であれば、事前に休暇取得申請することを求めることが出来るし、「事業の正常な運営を妨げる場合」には有給取得日を変更してもらう『時期変更権』が使用者には認められている。事業を遂行する上で人員の配置は大事なファクターになるからこれは仕方ないであろう。
その有給休暇の取得について「休暇を申請するときは1週間前までに申し出てください」と就業規則上で事前申請のルールを定めている会社はかなり多い。しかし、そのルールを守らず、いきなり前日に『明日から3日間、有給休暇取得させてもらいます』と申し出してくる人も結構いるのが実情だ。まぁ、マイルールで申請してその通りに休暇取得を認めてくれる会社は少ない。仮に本人が強行して休めば、就業規則上の懲戒に該当して、何らかのペナルティーを受けることは十分にあり得る。
マイルールで自分勝手な振る舞いを通せば
有給休暇の決められたルールが守られないと本人が罰せられるだけでなく、他の誰かが予定になかった業務の穴埋めをしなくてはならず、同僚が迷惑を被ることになる。労働者の誰もがマイルールで自分勝手な振る舞いを通せば、会社として組織の体を成せなくなり、存続すら危ぶまれるだろう。そうなれば結果としてそこで働く者の全体の利益が失われてしまう。
件の受験生は新聞社の取材に対して、“飛沫は口から出るが鼻からは出ない。席も一番前で誰にも迷惑をかけていない。なぜ失格になるのかわからない”という旨の回答をしたようだが、その結果として教室を移動させられた他の受験生が実際にいたのだ。監督官の指示に従わないことがどんな結末に繋がるかということに思いを至らせて欲しかったと、残念でならない。
日本社会で生活するには、日本国憲法をはじめ、各種の法律・法令から雇用される会社の就業規則に至るまで、様々な守るべきルールが現に存在している。何かと物騒な世の中だからと護身用に刃渡り10㎝のナイフを許可なく携帯して街を歩けば、銃刀法違反として逮捕されるだろう。無人島に1人で生活しているならともかく、集団生活の中に身を置く以上は誰もが決められたルールを遵守しなければ社会秩序は保たれない。