大学入学共通テスト:四技能重視の英語問題の新傾向に賛成

2021年01月29日 17:01

センター試験に代わり、1月16、17日に行われた初の「大学入学共通テスト」は、朝日新聞の分析によると、「四技能のバランスがより音声寄り」「英語が素直=読みやすい」「分量が増えている」「読解力というより情報処理」といったところにシフトしているそうだ。

Bychykhin_Olexandr/iStock

通訳者で英語教育の専門家でもある鳥飼玖美子さんは、「思考力を測ろうとするあまり、問題の質が劣化し、情報取得の反射神経を問うような出題になった」と分析。2024年度以降に入試改革があることをふまえて、「じっくり深く読み解くことができる、知的な受験生の力を測れない入試は、変えて欲しい。教養ある学生を育てるためにも、センター試験のような出題に戻すべきだ」といっているという。

これは、国際政治評論家の白川司さんがFacebookで紹介されていて、白川さんも鳥飼さんの意見に賛成らしいのだが、そこに、私の意見を書きこんだので皆さんにも紹介したいと思う。

私はやはり四技能「読み・書き・話し・聞く」をバランス良くこなす新しい方向を支持する。それを痛感したのは、第二外国語として大学でフランス語を勉強し、さらに、留学のためにブラッシュアップしたときだ。

第二外国語を四技能を中心に学ぶと英語も話せるようになると言う人も多い。フランス語を例えば日仏学院(現アンスティチュ・フランセ東京)あたりへ通って勉強したら、英語を話すことが苦でなくなったと言うわけである。私もそうだがフランス語で考えてそれを英語で話したほうが楽なことだって多い。私の世代は高校でも大学でも会話はほとんど要求されなかったのでそういうことになる。

ちなみに私の祖父は私と同じ膳所高校出身であるが、当時は建築家としても有名なヴォーリスさんが英語教師として1週間に一回教えていたそうだが、日本人の英語の先生が増えて、外国人が減るとおかしくなったようだ。

渡部昇一先生も英語よりドイツ語の方を先に話せるようになったと言っていた。私だって留学する前からフランス語の方が話せた。何故かと言えば第二外国語は4技能から入るからだ。

古い英語の教育を擁護するのは、TOEICなどでまともな点数を取れない英語の先生をクビにしないための理屈に過ぎないと思う。

 英語の先生は大体が英語の先生というより英文学の先生だ。英文学を必要としている日本人はほとんどいない。しかしそう言ってしまうと英語の先生が学者も学校の先生も大量に失業してしまう。だから彼らは戦々恐々なのである。TOEICでも何でもいいが、中学高校の英語の先生で何年かの猶予の後に一定の点数を取れない先生は、英語教員の免許を取り上げるべきである。そうすればへんちくりんな理屈をこねて4技能を中止しようと言う動きを潰せる。

日本が読解力中心の語学教育になったのは、第一に漢文教育の延長で語学教育をやったからだ。江戸時代の漢文教育は話せるようになる事はそもそも目的としていなかった。国際交流といっても漢文の世界では、筆談でやっていた。

第二に教科書が英語など外国語で書かれていた時代が明治にあった。とりあえず読むことが大事だったわけだ。そもそも、外国人が日本語を話すときに複雑な文法を知らなくても十分に会話できているのである。

第二外国語の場合、通常は大学入試と関係ないので、仕事の上で日本の英語教育的な読解力を磨く必要が生ずる人というのはほとんど存在しない。従って読解力中心の英語教育は第二外国語を学ぶ上でむしろ邪魔になる。

もちろん、少なくともひとつの言語については、高い読解力をもっておかないと、複雑な思考ができなくなるので、それは必要だ。ただ、日本人の場合には日本語で十分であって英語でそれを求める必要はない。

それから、大学留学するなら日本の入試でもTOEFLを念頭においた勉強が必要という別の問題があるが、古典的な日本の語学教育をいくらしてもTOEFLで高い点数取れないと思う。これは、日本の英語教育が時間をかけて難しい文章を理解することに傾きすぎているので、短時間で構造は簡単だが語彙は豊富な文章を理解するのが難しいのであって、単に日本の英語教育がガラパゴスなだけと理解している。

もうひとつの観点は、職業によって、どういう語学力が必要かは全く違うということである。理科系の場合にはその専門分野の論文が読めて書けてほどほどのコミュニケーションできればいい。

私の場合でも、フランス語を勉強するときに、外交官として話ができればいいと割り切って、家庭教師もそう言う系統の人に頼んで正解だった。フランス文学者が留学するときのような文学的素養は要らないと思った。

一般教養は、内容をしっかり身につけておけば、語学としてつたなくとも十分だと思った。それに、そこまでいうなら、ラテン語やギリシャ語を勉強しないと行けないことになってしまう(最近はそうした言語の教育は苦言を呈されているので、私の世代の話だ)。もちろん、知識は持っておかねばならないので、ギリシャの古典など日本語ではきちんと勉強した。

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評論家、歴史作家、徳島文理大学教授

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