法務部門の活躍に期待します-契約書の見直しよりも取引の見直しに関与する

本日(2月4日)は朝から午後8時まで、日経WEBニュースのランキング1位はずっと三菱電機の設計不正を報じた記事でした。このニュースのトーンからすると第三者委員会を設置して事実関係を調べる必要があるように思うのですが、先日の日立金属や3年前の神戸製鋼の品質偽装調査と同様、「弁護士秘密特権を失えば海外訴訟が不利になる」という点に配慮してか、外部の調査委員による調査はやらない、ということなのでしょうか。

さて、首都圏、関西圏を中心に、緊急事態宣言が延長されることとなり、大企業を中心に「出社7割削減」のための施策も継続されるようです。大阪でも状況に改善がみられる場合には3月7日を待たずに宣言が解除される可能性もある、とのことで、当事務所も(もうひと頑張り)感染対策を強化いたします。ということで(?)、本日は在宅勤務に関連する話題です。

(写真AC:編集部)

(写真AC:編集部)

今週月曜日(2月1日)の日経朝刊法務面では「契約書、2割が見直し-押印の削減・廃止(対外文書も押印廃止・削減進む)」との見出しで、リモートワークの障壁とされている日本のハンコ文化が少しずつ「脱ハンコ」社会へと進んでいる状況が(最先端を行く企業の実例を引用して)紹介されていました。日経の調査に回答した121社の集計結果をもとにしたアンケート調査なので「かなり押印廃止に関心を持っている企業のうち」ということになりますが、新型コロナウイルス感染症拡大として、社内書類の押印廃止や削減を行ったと回答した企業が57%に上ったそうです。

そのうち、とくに「契約書の押印廃止・削減」を実践した企業は回答企業全体の2割だそうで、たとえばサントリーホールディングスでは、契約書の作成や支払いなどの業務をオンラインで完結させる新システムを2020年から導入したそうです(2022年にはサントリーグループ全社員が利用可能になる、とのこと)。押印のために出社するような事態をなくし、またクラウド型の電子契約システムを活用し、経費の削減を図るそうです。

このような契約書作成業務のオンライン化などは、サントリーのような巨大企業だからできる・・・とも思われがちですが、そもそもサントリーホールディングスでは、契約書作成業務の電子化(オンライン化)が最終目的ではなく、法務部門が現場の取引業務のデザインに関わるための効率化が目的であり、作成業務の電子化はそのためのツール(手段)のひとつに過ぎないのでは・・・と推察します。というのも、昨年、サントリーホールディングスの法務部長でいらっしゃる明司雅宏氏のご著書「希望の法務-法的三段論法を超えて」(商事法務 2020年-上写真参照)を拝読して(AmazonやSNSでの本書の評価はかなり分かれていますが、サラリーマンの経験を持たない私には、法務部門と事業部門との関係性の解説等、とても興味深いものでした)、「会社書類の電子化-その先にあるもの」に法務のスペシャリストとして目が向いていることに納得したからです。

契約書があるから、その契約書に沿った取引の実践を要求するというのは本末転倒、会計基準に従って経理処理を行うというのも本末転倒、そもそもまずは取引の実態を理解して、自社のリスクを低減するためには取引をどのようにデザインすべきなのか、そこに現場と一緒に知恵を絞るのが法務担当、というもので、これはいたく共感いたします。「ひな型という契約書は存在しない」「契約は実在しない。取引だけが存在する」と述べる明司さんの意見はまことにその通りかと。

サントリーホールディングスにおける具体的な取引の実態は存じ上げませんが、他の企業において、自社のリスク管理の一環として「契約の見直し」ではなく「取引の見直し」が必要な場面はたくさんありますね。たとえば①「契約書を作成しない取引慣行」が存在する業界での取引をどう見直すのでしょうか。先日、日経新聞社会面に、大手広告代理店グループにおける多額の架空発注事件の記事が掲載され、取引管理の不備が指摘されていましたが、まさに業界慣行を逆手にとったような事件です。

また、②当社の専務が相手先企業の社長の自宅に深夜上がりこみ「この物件はウチでやらせてくれ!『男の約束』だからな!よっしゃ、実務はあとでお互い事務方に任せよう」と迫って相手方社長の合意を取り付けた場合の契約の有効性はどうか、さらに、③「どんな合意をしたとしても、お互いに署名・押印を行った文書を取り交わすことで最終的な合意となる旨の慣習法(民法92条)が存在する業界においてはどのような取引の見直しが必要か、など、実際に大企業の取引慣行の法的有効性が裁判で争われた例はたくさんあります。みんな法務担当が「後始末」で苦労します。

もちろん、リアルな法務担当者としては、現場からいろいろと詰められたくないという意識がはたらいて、現場社員に契約書の見直しを要求するにあたっては「電子署名の有効性を裏付ける法改正がなされた」や「タイムスタンプの公的認証制度の普及した」という「錦の御旗」が欲しいところです。ただ、交渉段階から現場に入って行って、契約の裏にある当社と相手方企業との真の狙いまで理解して、一緒になって取引をデザインすることまで踏み込めば、法務の仕事もとてもおもしろいものになるように思います(その結果として「業務委託契約」なのか「共同開発契約」なのかわかりませんが、契約書を締結することに至る)。そうは言っても、まずは「法務の役割を社内で高めること」が必要なので、このたびの「脱ハンコ」に向けた取組みは、まずは法務の役割を高めるきっかけになることを願っております。

よく法務や経理部門は「儲けを生まないコスト部門」と思われがちですが、私はBS、PLに載らない資産価値(人財、ネットワーク、組織文化)を高めるために多大な貢献をしているのが法務部門だと認識しています。コロナ禍において、テレワークをはじめとした働き方改革が進む中で、法務の役割も変革させる良い機会となるのかもしれません。ぜひとも法務部門の方々の奮起を期待しています。


編集部より:この記事は、弁護士、山口利昭氏のブログ 2021年2月5日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、山口氏のブログ「ビジネス法務の部屋」をご覧ください。