「AIやロボットに仕事を奪われる!」と焦る中高年の仕事を奪うのは「若者」

黒坂岳央(くろさか たけを)です。

ネットには「AIやロボットに仕事を奪われてしまう!」とITに疎い中高年の憂いや不安の声が見られる。その一方で「最近の若者は常識がない。覇気がない」と上から目線で、彼らをマウントしにかかる姿を目にすることがある。

kohei_hara/iStock

これは恐れるべき対象を見誤った姿勢に感じる。AIやロボットはむやみに忌避すべき対象ではないし、若者からは中高年が知らない多くを学びを得る対象と思うのだ。

若者は常に上の世代より優秀

傾向的に、いつの時代も後から生まれる若者は、常に上の世代より確実に優秀になる。詳しくは過去記事「なぜいつの時代でも若い世代は上の世代より優秀なのか?」でも書かせてもらったが、その理由を端的に言えば、若い世代は先端の優れたテクノロジーに、いきなり触れられる有利な立場にあるからだ。

筆者はかつて「MS-DOSは使えるようになったほうがいい」と目上の方から勧められたことがある。MS-DOSはトラブルが発生した時に頼りになる機能であり、PCを扱うすべてのユーザーが獲得しておくべき必須スキルだと教わった。だが、今の時代はOSが進化し、ネット上には豊富なトラブル対応のナレッジシェアリングがなされている。MS-DOSを基礎からしっかり学ぶ、この必要性はかつて程はないだろう。PCの黎明期世代の中には、MS-DOSをしっかり身につけた人もいる一方で、今の若者は時間的リソースを、MS-DOS以外の重要性の高いスキルに割り当てることができる。

経済学の世界においては、「道路、電気など基礎インフラが未整備な地域が、最先端技術の導入により一気に発展する」という現象が存在し、これを「リープフロッグ(カエル跳び)」と呼ぶ。筆者はこのリープフロッグが世代間のテクノロジーでも起こると考えている。世代間で触れられるテクノロジーの格差が、若者世代をリープフロッグさせることになるので、若者は常に上の世代より優秀になれる立場にあるのだ。

こうした立場的優位性に加えて、若者は時間的にも立場的にも、リスク許容度は中高年世代より高い。会社で役職を持ち、子供を数人抱える中高年より、独身でバイタリティ溢れる若者の方が挑戦しやすい立場にあるわけだ。

イノベーションを起こすのは若者、バカ者、よそ者

言い尽くされた表現ではあるが、「イノベーションを起こすのは若者、バカ者、よそ者」と言われる。確かにそうだ。

我々はまさしく、現在進行系でそのことを肌身に染みて実感しているはずだ。新型コロナという「よそ者」の襲来により、本来は長い時間をかけて浸透していく予定だったテクノロジーを、いきなり受け入れざるを得なくなった。世界的なリモートワークもその一つだ。そして、新型コロナに対応しうる技術やイノベーションを創出する中心人物は、高齢者世代より若者世代だ。

中高年世代が「仕事を奪われる」と恐れるイノベーションの泉は若者が開拓し、湧き出させているものである。彼らが恐れるAIやロボットも、天から降ってくるのではなく人間の手によって作られる創造物であることを忘れてはならない。その創造主の主役は若者だ。

最も恐れるべきは時代の変化に取り残されること

AIやロボットがもたらすイノベーションは、旧来のビジネスを不要にすることは確かだが、同時に新たな産業を創出し、人類の生活を豊かにしてくれる側面もある。最も恐れるべきはイノベーションではなく、「変化する時代に取り残されてしまう」ことだ。厳しい言い方をすると、イノベーションや新たなテクノロジーを迎合できない人が、自らを敗北せしめていることを意味する。真に恐るべき対象は変化や変化をもたらす対象ではなく、変化できない自分自身といえよう。

ひところ、ガラケービジネスは一斉を風靡した。ピカピカ光るアンテナをつけたり、携帯をデコレーションしたり、着メロをダウンロードしたりと、様々なビジネスが創出された。筆者がコールセンター派遣をやっていた当時、絶対音感があって耳コピが得意な人物がいた。彼はコールセンターで働きながら、その傍らでカラオケや着メロを作る副業で収入を得ていた。「みんなが携帯電話を使うようになったから、最近ではカラオケより着メロの仕事が多くて儲かるんだ」と言っていた。

しかし、そんなガラケービジネスは、海の向こうからiPhoneという黒船の登場により終焉を迎えることとなる。ガラケービジネスに携わっていた一部の会社は姿を消した。その後の行方は分からない。サービスや商品提供先をスマホに転換できた企業は生き残ったが、そうでない場合は異業種へ向かったか、もしくは姿を消していっただろう。着メロを作っていた彼は今、どこで何をしているだろうか。

供給者の論理や都合を無視して、市場は常に変化していく。無用の長物化しないためにも、変化し続けなければいけない。そのためには勉強が必要だ。

AIやロボットで世の中は便利になる

新たなテクノロジーの進展で、人間の仕事を奪う事例はこれまで何度も起こってきた。

ミシンが製造された時には、仕事を失うことを恐れた服の仕立て屋が、ミシン工場を焼き討ちした事件が起きた。だが、現代では服を作る上でミシンを使うのは当たり前の風景になっている。また、イギリスで起こった第一次産業では、蒸気の技術が肉体労働を奪い取った。人類は歴史の中で、何度も新たな技術に仕事を奪われてきた。だが、それを未だに悔やむ人はいない。便利な現代において、今から服の仕立て屋を目指したり、蒸気や電気で代替された肉体労働を復活を望む人は存在しないことからも、それは明らかである。

AIやロボットによるテクノロジーの発達で期待されている分野には、同じタスクの繰り返しやチェックなど、単純で労働集約的な作業も少なくない。ヒューマンエラーを廃し、付加価値の低い仕事を代替してくれることで、人々はAIやロボットにできない、頭脳労働に集中することができるようになる。そうなれば、シンプルに世の中は便利になっていくだろう。

テクノロジーの進展と人類の受容は、不可逆的に進んでいく。人類はひとたび、便利な生活を獲得すると、もはやそれを手放すことはできなくなるのだ。

中高年は若者から学ぶ姿勢を

いつの時代も、一定数の中高年世代は若者に対して上から目線の姿勢を取っていた。

「こんなことも知らないのか」

「若者は常識がない」

そうやって、旧来のあり方を知識と経験でマウントしてきた中高年も少なくないはずだ。だが、上述した通り若者は構造的な事情で、中高年世代を後からリープフロッグしてくる存在である。それを理解すれば、若者は「教えてあげる対象」というより「先端の技術を教わる対象」といった見方もあるのではないだろうか。

ビジネスジャーナリスト
シカゴの大学へ留学し会計学を学ぶ。大学卒業後、ブルームバーグLP、セブン&アイ、コカ・コーラボトラーズジャパン勤務を経て独立。フルーツギフトのビジネスに乗り出し、「高級フルーツギフト水菓子 肥後庵」を運営。経営者や医師などエグゼクティブの顧客にも利用されている。本業の傍ら、ビジネスジャーナリストとしても情報発信中。