ウィーン銃撃テロの最終調査報告書

ウィーン市1区の中心地で昨年11月2日、イスラム過激派テロリストによる銃撃テロ事件が発生し、4人が犠牲となり、23人が重軽傷を負った事件はオーストリア国民ばかりか、欧州全土に大きな衝撃を与えた。同事件の最終調査報告書が10日、事件直後に設置された独立「調査委員会」(Ingeborg Zerbes委員長)から公表された。

予想されたことだが、同報告書(29頁)は連邦憲法擁護・テロ対策局(BVT)とウィーン市BVTとの意思疎通、情報交流で致命的な欠陥があったと指摘した。調査結果を受け、ネハンマー内相は、「情報機関の根本的な改革の必要性が明確になった」として、テロ対策の情報機関の刷新、テロ関連刑法の強化などに乗り出す意向を表明した。それに対し、社会民主党、自由党、ネオスなど野党は「銃撃テロ事件は避けられた」として、最高責任者のネハンマー内相の辞任を要求している。

▲BVTの欠陥が明らかになったウィーン銃撃テロ事件(2021年2月10日、オーストリア連邦内務省公式サイトから)

▲BVTの欠陥が明らかになったウィーン銃撃テロ事件(2021年2月10日、オーストリア連邦内務省公式サイトから)

事件の経緯を簡単に説明する。

ウィーン市中心部の1区でイスラム過激派テロリストによる銃撃テロ事件が発生し、犠牲者4人、重軽傷者23人を出した。事件の捜査が進むにつれて、「事件は回避できたはずだ」という声が高まった。

20歳の犯人のプロフィールが明らかになってきた。ウィーン生まれで両親は北マケドニア系だ。16区の工業専門学校に通っていたが、中途退学した。2018年、シリアでイスラム過激テロ組織「イスラム国」(IS)に合流するためトルコに入ったが拘束され、19年1月にオーストリアに強制送還された。同年4月、テロ関連法違反で1年10カ月の禁錮刑を受けたが、同年12月に早期出所している。理由は、刑務所内での更生プログラムに積極的に参加し、「イスラム過激主義から決別した」と判断されたからだという。

出所した犯人は更生支援グループの助けで住居の提供を受け、一定の経済支援を受けて生活していた。犯人がその牙を剥き出すのは昨年7月だ。ドイツとスイスから来た4人のイスラム過激派と合流、ウィーン22区の犯人自宅で会合している。その直後、弾薬を購入するためにスロバキアへ行ったが、武器所有パスを持っていなかったために失敗(その後、闇ネットで入手)。そして11月2日夜の銃撃テロとなる。犯人はオーストリア内務省所属の特別部隊WEGAによって射殺された。

銃撃テロ事件は少なくとも2回、事前に犯人を逮捕できるチャンスがあった。先ず、独連邦憲法擁護庁(BfV)が監視している2人のイスラム過激派がウィーンを訪問し、犯人と会ったという情報をBVTはドイツのBfVから受け取ったが、司法省に通達せず、具体的な対応を行っていない。そしてスロバキア内務省から犯人が銃の弾薬を購入しようとしたという報告を受けたが、この時もBVTは司法省にも通達してない。また、スイス内務省からも同国の2人のイスラム過激派がウィーンで犯人と会ったという情報が届いていた。

オーストリア側は事件発生3カ月前の昨年7月の段階で、早期出所した犯人を再逮捕して取り締まるべきだった。犯人は自由の身で自宅でテロ計画の準備ができたわけだ。20歳のテロリストはドイツ、スイスなどのイスラム過激派と接触していた。事件は単独犯行だったが、その背後にイスラム過激派ネットワークがあったことが明らかになってきた。なお、事件への関与が疑われていた男性(26)が今年1月26日自殺しているのを発見された。

犯人はイスラム過激派の言動で前科があったが、その犯人を早期出所させたばかりか、その後の言動に関する情報を隣国の情報機関から受け取りながら事件が発生するまで何もしていなかったわけだ。

調査委員会のツェルベス委員長(刑事弁護士)は報告書で、「BVT内の問題点、例えば、危険人物へのリスク評価、他の情報機関との情報交流分野で大きな欠如があった」と指摘しているが、驚くに値しない。ちなみに、同報告書では、「BVTから監視されていたイスラム過激主義者の動向が上司に報告されていたかの問いには明確な答えを得ることができなかった」と不満を述べている。ツェルべス委員長は、「BVTの職場の雰囲気はひどい状況だった」と説明し、「われわれが驚いたことは、情報機関の間で効果的でプロフェッショナルな情報交流が全く行われていなかったことだ」と強調している。

ネハンマー内相は同日の記者会見で、「調査委員会の最終報告書はBVTの刷新の必要性を指摘している」と述べ、情報機関と連邦警察の領域の明確な分離、連邦BVTと州BVTの情報交流欠如の解決などに努力していくと説明、「今後5年間でBVTの人材を倍化する」と新たな人材のリクルートを明らかにした。

ネハンマー内相は宗教的動機に基づく過激主義者によるテロ行為に対応するため、現行のテロ関連刑法の改正を進めているが、調査委員会は、「ウィーン銃撃テロに対応するために現行のテロ関連刑法を改正する必要はない」と断言するなど、政府と委員会の間で見解の相違が浮かび上がっている。

クルツ首相とネハンマー内相は昨年11月11日、「アンチ・テロ・パッケージ」(Anti-Terror-Paket)を発表し、従来のテロ対策で欠落していた部分を強化し、イスラム過激派の壊滅に乗り出す方針を明らかにした。例えば、刑務所から出所したイスラム過激派に対してGPS監視用電子装置の足輪(アンクレット)の導入、イスラム過激派の2重国籍の廃止、テロ担当検察官の設置、テロ関連法で有罪判決を受けたイスラム過激派に対して、自動車免許の禁止と武器所持禁止、テロ対策での関係省、部門間の情報交換の促進などが挙げられている。

銃撃テロ事件が発生して既に3カ月が過ぎた。国民の関心は、新型コロナウイルスの感染防止とウイルスの変異種への対応に向けられている。その一方、国民のテロ対策への関心は薄れてきた。自然災害と同様、テロ事件は人々の警戒心が緩んだ時に発生する。ウィーン銃撃テロ事件を忘れてはならない。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2021年2月12日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。