少し前になりますが、先週木曜日(2月11日)の産経新聞朝刊「経済♯アナトミア」の一面特集として「転職で機密流出 デジタル社会の穴-賠償すリスク『持ち込ませない』対策急務」なる記事が掲載されており、近時の働き方改革が進展するなかでの営業秘密漏えいリスクの高まりを認識いたしました(産経新聞をお読みになれる方はぜひご一読をお勧めいたします)。
①警察庁の調べでは、令和元年の営業秘密侵害事案は、平成25年の5件から21件に急増していること、②先日発覚した元ソフトバンク社員による機密情報漏えい事件は(経産省担当者によると)「事件化できたのは、ソフトバンクが営業秘密対策をしっかりとっていたから(中小事業者であれば、おそらく気が付かないか、 泣き寝入りに終わるであろう)」であること、③高額の賠償リスクを考えると、持ち込まれる側の企業にも訴訟を念頭に置いた不正対策が必要となること等が示されています。
とりわけ、コロナ禍におけるテレワーク、兼業、副業等による秘密漏えいの「機会」が増加していること、DX戦略における他社とのネットワーク作り、合弁事業を前提としたオープンイノベーションの増加が、今後の営業秘密対策の必要性を高めているようです。ただ上記記事でも示されていますが、秘密漏えい対策を強化することによって、社員による業務遂行の効率性に支障が出ることにもなりますので、この二つの要請をどう調和させるかがポイントになります。ここでもやはり「事前規制的発想」から「事後規制的発想」に転換する施策が必要になるのではないでしょうか。
ところで統計的にみても転職者による営業秘密漏えい事犯の数が多いそうですが、そもそもライバル会社に転職する、というのは、当該社員の経験知見をみこまれたからですよね。では当該社員の頭の中にある営業秘密を転職先で活用することは不正競争防止法違反にあたるのでしょうか。
もちろん、転職元企業が秘密として管理していた情報をたまたま記憶していて、その情報を活用するとなれば営業秘密の侵害行為にあたるでしょう。しかし、当該社員が価値ある情報として把握していながら、いまだ転職先に伝えていない情報については、転職先で活用することは問題ない、ということになります。また、長年の経験に基づいて培ったノウハウについても、当該ノウハウがすでに知的財産権として保護されているものでなければ、当該ノウハウを活かして転職先でバリバリと働くということも不正競争防止法違反にはならない、ということでしょうね(ただし民事上の競業避止義務に違反するかどうかは別として)。
このあたりの法律問題は知的財産に詳しい専門家の方の意見をお聴きいただくべきと思いますが、上記のとおりポストコロナの時代の転職者増加の時代となれば、「頭の中に残る営業秘密」問題は、結構悩む方も多いのではないでしょうか。転職者だけでなく、転職者を受け入れる企業側も、できれば「分別管理」などの工夫のよって訴訟リスクを低減させる必要があるように思います。
編集部より:この記事は、弁護士、山口利昭氏のブログ 2021年2月16日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、山口氏のブログ「ビジネス法務の部屋」をご覧ください。