2月26日、衆院予算委員会分科会で、立憲民主党の松原仁氏が、中国当局による同自治区でのイスラム教徒少数民族に対する弾圧を、米政府やカナダ下院が「ジェノサイド(民族大量虐殺)」と認定したことを挙げ、集団殺害などの防止や処罰を定めた「ジェノサイド条約」に日本が未加入である理由をただした。これに対して、外務省が、「必要性、締結の際に必要となる国内法整備の内容について、引き続き慎重に検討を加える必要がある」と答弁したという。
一般に、日本がジェノサイド条約に未加入なのは、ジェノサイド教唆罪が国内刑法で犯罪化されていないことに加えて、「締約国は、集団殺害が平時に行われるか戦時に行われるかを問わず、国際法上の犯罪であることを確認し、これを防止し、処罰することを約束する」(第1条)が、憲法9条に抵触するという見解があるためだとされている。
日本はすでにジェノサイド罪を処罰対象とする国際刑事裁判所(ICC)ローマ規程に加入している。国際法において慣習法化していると言ってもいいジェノサイド条約に日本が未加盟であるのは、技術的な問題の要素が強い。とはいえ、望ましいことではない。
教唆罪の制定については、ヘイトスピーチをめぐる議論などとの法技術論的な整合性の問題等があるだろうが、犯罪化それ自体に大きな異論があるとは思えない。刑法の「国外犯」規定がジェノサイド条約に対応していないことも、一体の問題として是正すること自体に大きな反対があるわけではないだろう。
より深刻なのは、憲法9条との整合性が問われかねないと認識されているために、議論が避けられてきていることだ。ジェノサイド条約に加入すると、自衛隊が次々と海外に派遣されて人道的介入を繰り返すようになる、といった夢想は、全く非現実的であり、法律論としてもナンセンスである。ジェノサイド条約に加入しているいかなる国も、そのように条約を解釈していない。
ところが日本国内では、国際法と憲法9条の関係をめぐる議論が忌避されてきたために、半世紀の長きにわたって、ジェノサイド条約加入問題もまた面倒な問題として忌避されてきた。
すべては憲法学通説の破綻した憲法9条解釈のせいである。
「戦争放棄」を、「戦場とみなされるかもしれないところには一切絶対に日本人は近づいてはいけない、もし近づいたら憲法違反だ、自衛隊の近くのどこかで誰かが戦闘が始めるだけで自衛隊は憲法違反だ」、といった奇妙な議論を、大真面目に憲法学者なる方々が半世紀以上にわたって主張し続け、国内の有力な圧力団体として行動し続けているために、「ジェノサイドを防止するなんてとんでもない、ジェノサイドが起こっていたらとにかく離れて逃げて無視しなければ憲法学者に憲法違反を問われる」といった発想方法が生まれてしまっているのである。
立憲民主党は、今回の議論を、憲法学通説の憲法9条解釈の異常さに気づき、それと決別するための機会にしてほしい。