スペインは英国が抜けたあとのEUではドイツ、フランス、イタリアについでGDPの規模では4番目に位置している国。ラテンアメリカとは歴史的に特別な絆で結ばれている。またカディスのロタ市は米国のアメリカ・アフリカ軍の重要な海軍基地となっている。
このように地政学的にも重要なスペインであるのに、米国のバイデン大統領は同国のサンチェス首相を無視しづけている。
G20各国の大統領または首相とはバイデン大統領はすでに電話会談を行っている。勿論、その中には日本の菅首相も入っている。唯一の例外はサンチェス首相だ。スペインのモンクロア首相官邸では、バイデン大統領からの電話を首を長くして待っているが、一向にその兆しはない。
スペイン電子紙『OKDIARIO』は「バイデンはサンチェスを通り過ごした。G20の中で唯一会談していないヨーロッパのリーダーだ」というタイトルの記事を出した。
同じく電子紙『Periodístas Digital』は「バイデンはサンチェスを蔑視。ケニア、ヨルダン、アイルランドの大統領と先に会談を持つことを望んだ」というタイトルでバイデンが首相官邸に今もコンタクトしていないことを伝えた。
アルゼンチンの電子紙『ラ・ポリティカ・オンライン』も「バイデンはサンチェスを無視。モンクロア首相官邸はホワイトハウスと合意に至らず」というタイトルでスペインの首相官邸から両氏の会談に結び付けようと努めていることに触れた。
前述2紙は少し右寄りの紙面ではあるが、バイデン大統領がサンチェス首相を無視しているのは、米国政権から冷遇を受けるような行為をサンチェス首相がこれ迄トランプ前大統領の外交政策に十分に応えていなかったからである。
バイデン大統領がサンチェス首相の行動から彼への信頼を損なうようになったこととして次のような二つの出来事があった。
①トランプ前大統領が主導したベネズエラのグアイドー暫定大統領がヨーロッパを歴訪した際のことだ。当時のEUの首脳たち、ボリス・ジョンソン英首相、メルケル独首相、ミソタキスギリシャ首相、ルッテオランダ首相、クルツオーストリア首相、マクロン仏大統領といった面々がグアイドーと個別に会談をもった。
ところが、グイアドーがマドリードを訪問した時に、サンチェス首相は彼との会談を拒否した。ゴンサレス・ラヤ外相がグアイドーを迎えるという外交を演じたのだ。この振る舞いにトランプ前大統領は相当に激怒して、スペイン政府に説明を求めたという。サンチェス首相がグアイドーとの会談を辞退したのは、マドゥロ大統領を贔屓目で見ている政党ポデーモスのパブロ・イグレシアスが副首相として政府に存在しているからである。現在のスペイン政権は、イグレシアス第2副首相の方がサンチェス首相よりも政治手腕は上だと評価されているほどだ。
②その一方で、ベネズエラのグアイドーがマドリードを訪問する数日前に、デルシー・ロドリゲス・ベネズエラ外相が特別機でトルコに向かう途中だというのを理由にしてマドリード空港に立ち寄ったのである。もちろん、サンチェス首相は外交問題に発展させないようにアバロ国土交通相に空港で応対させた。ロドリゲス外相は米国から制裁を受けているひとりで、スペインは彼女の訪問を受け入れることは避けるべきだった。ところが、これを仕組んだのはイグレシアス第2副首相だとされている。ロドリゲス一行に、観光相が同行していたのは、丁度その時にスペインで国際観光展が開催されていて、それを訪問したいと望んでいたからだという。勿論、その訪問は実現させていない。
以上の出来事は、トランプ前大統領の政権時に起きたことではある。しかし、バイデン大統領とその側近は、サンチェス首相の政権にその後も大きな変化はないと判断している。信頼するに足らない政権だとみなしているということだ。
またサンチェス首相はトランプ前大統領から冷遇されていたというのをよく承知していた。だから、バイデン政権からは信頼される政府を目指していた。しかし、現政権はポデーモスというマドゥロ政権に近い政党との連立政権が続く限り、米国政府からの冷遇は継続されるということだ。
トランプ前大統領がサンチェス首相を信頼できないと判断して、その代わりに取った手段がスペインのフェリペ6世国王とは円滑な関係を維持することだった。トランプ前大統領は昨年4月フェリペ国王夫妻をホワイトハウスに招待した。そこには米国はサンチェス首相は無視するが、別の形でスペインと良好な関係を望んでいたということだったのである。ところが、コロナ禍でそれが実現できなくなったという経緯があった。
サンチェス首相と同じように米国政府から冷遇を受けていたもう一人のスペインの首相経験者がいる。サンチェス首相と同じく社会労働党から首相になったサパテロである。サパテロは首相になる前から、イラク戦争で派遣したスペイン軍を撤退させると公約していた。実際、彼が首相になってすぐにイラクからスペイン軍を撤退させた。しかも、軍隊を派遣している他国に対しても撤退を勧めていたのである。勿論、米国政府はそれに対して表向き異論は示さなかった。しかし、それ以後ブッシュ大統領(ジュニア)から完全に冷遇された。彼が任期満了を前にヨーロッパ各国首脳との最後の会談を持つべくヨーロッパを歴訪した際にもスペインへの訪問はなかった。
スペインの首相が米国政権から唯一高く評価されたのは、14年間政権に就いたフェリペ・ゴンサレスであった。彼もサンチェスとサパテロの両名と同様に社会労働党から首相になった。しかし、ブッシュ元大統領(父親)からは非常に尊重されていた。また、ゴンサレスは当時のコール独首相、ミッテラン仏大統領、サッチャー英首相からも、全幅の信頼を寄せられていた。特にコール元首相は重要な外交問題については常にフェリペ・ゴンサレスに相談していたというのはよく知られていた。そして彼の政権中はラテンアメリカにおいてもスペインの存在が重要な位置を占めていた。
ということで、スペインの歴史的重みをヨーロッパそして南北アメリカで発揮したのは唯一フェリペ・ゴンサレスが首相だった時代だけである。
アズナール元首相は、ブッシュ元大統領(ジュニア)とは英国も加えてイラク戦争に参戦したということで良好な関係を維持していた。しかし、このスペインの参戦にはアズナール元首相の独断で彼の党内でも反対派が多くいた。マドリードで2004年3月11日に起きた列車の爆破テロ事件は、アズナール元首相がイラク戦争にスペイン軍を参戦させたことが要因であった。