「推し」に使うお金はムダ金ではなく「人生の必要経費」!?

黒坂岳央(くろさか たけを)です。

SetsukoN/iStock

スマホの登場により、人の価値観はあまりにも多様化した。その多様化した価値観は、今やインターネット空間で容易につながれる時代でもある。「分かる人にだけ分かる」そんな深い深い好みのツボも、ネットでは同士を見つけることが出来る。これはかつて、お茶の間で家族みんなで同じTV番組を見て、学校や会社で同じ話題を共有していた、理解共通性の面積の大きかった時代とは異なる状況である。

一人ひとりが強いこだわりを持つ現代において、「オタク」という言葉の持つ意味は薄れた。もはや、世の中のほとんどの人が、何かしらの分野でこだわりを持つオタクだからである。そして、かつてはネガティブな文脈で使われていた「オタク」は影を潜め、現代では代わりに「推し」※という言葉が市民権を得た。
※アイドル等のグループ内において、推しのメンバーを意味する略語“推しメン”をさらに略したもの。

推しに課金する価値観が、新たに受け入れられている。今回はこのことを論考したい。

1回10万円を推しに使うのは惜しくない価値観

現代ビジネスの記事では、「たとえ、1回10万円出費したとしても…「推し」に使うお金は、人生の「必要経費」です!」という主張が掲載された。面白い問いであり、SNSを中心に支持や共感の声とともに広く拡散された。

記事内では、二次元アニメや、声優、俳優などのコンテンツへの課金の事例が取り上げられている。遠隔地へのコンサートへの参加の場合は、1回10万円を超えることもあると紹介されている。

「普段は節約生活で、100円のジュースを買う代わりに水筒持参をするほどだが、推しのイベントの参加には新幹線を躊躇なく利用する」

「推しの応援が仕事の励みになってる」

「最近は推しイベントが軒並み自粛で悲しい」

この記事に対して、SNSでの反応はこのようなものが見られた。

「オタ活」から期待できる経済効果

「資産化しないフローとしての娯楽に、惜しみなく大金を使うのはバカげている」

そう思う人もいるかもしれない。だが、2つの意味合いでこの活動はムダとは言えない。

1つには経済効果があげられる。我が国においての活発な経済活動の一環として、推し活動から生まれる経済効果は決して無視できない規模である。

デジタルコンテンツ白書2020によると、2019年の日本におけるコンテンツ産業の市場規模は12兆8,476億円となっている。このすべてがイコール推し市場ではないにせよ、アニメやゲーム、アイドルなどで動くマネーはかなりのものだ。

また、バブル期には頂点だった日本のビジネス産業が1つずつ凋落する中でも、日本のアニメやゲームは依然として世界のマーケットで存在感を維持している。ネットフリックスは巣ごもり需要で会員が激増、日本アニメは世界の視聴トップ10に常に入っているほどだ。

推しにお金を使う活動をオタ活と呼ぶ。まさしくこのオタ活が国家の経済活動の活性と、海外市場での日本のプレゼンス維持に一役買っていると言えるだろう。

「推し」があることで人生が充実する

また、もう1つの意義としては、推しの対象があることで人生が充実化するという事情があげられるだろう。

年齢はすでに人生の折り返し地点を超え、仕事への情熱や同僚との交流にも飽き、空漠たる思いで日々を送っていた独身の中年男性がいた。ある日、彼はひょんなことから地下アイドルにハマって、推しがあることで人生に充実感を覚えるという話だ。それまでは仕事をダラダラこなしていた生活から、地下アイドルを知ってからは一変した。推しのイベントに参加するために、キビキビと働いて定時内に仕事を終わらせ、ライブに駆けつけるという「人格が変わったような人生を送る」という話だ。

推しという存在は、砂漠のように乾燥した人の心に垂らされる「オアシスの水」のようなものではないだろうか。そう考えると、応援する対象を獲得することは、人生の充実化を約束してくれるだろう。

「推し」で活力を得た体験談

最後に恥を忍んで、筆者の体験した「推し」を話したい。推しといっても二次元アニメやアイドルではない。筆者には応援しているビジネスマンの情報発信者がおり、毎日熱心に彼のブログを見ていた。この人物は匿名で活動をしていることもあり、顔を合わせたり、直接連絡を取る手段は存在しなかった。ただただ、彼の人智を超えた天才的な頭脳と才能に打ちのめされ、彼の発信に心を揺さぶられていた。彼の出す記事は一文字も漏らさず、誤字脱字を発見する校正担当者の如き、深い集中力を持って文章を咀嚼するほどにハマりこんだ。

セミナーや、何かのコアなファン読者向けの有料コンテンツがあったなら、喜んで課金しただろう。だが、そのような活動をする見込みはまったくなく、ただイチ読者として一方的に発せられる情報を咀嚼していたに留まっていた。課金の有無に関係なく、推しの存在がいるだけで、自分も日々頑張ろうと思う活力を得られ、毎日彼の発信を見る楽しみができたのは間違いない。

だが、ある日を境にぱったりと投稿が途絶えた。命が尽きたのか?はたまた発信に疲れてしまったのか?それはもう分からない。どれだけURLを叩いても、出てくるのは「not found」という虚しいシグナルだけだ。彼はどうなったのか?その真実は永遠に闇の中である。しかし、その喪失感はとてつもないもので、数年が経過した今でも時々あのブログ記事を想起するほどである。筆者は課金こそしていないものの、推す対象を得ることで人生が充実化するという思考を理解できた良い経験と認識している。

「推しに使うお金は人生の必要経費」。久しぶりに心を揺さぶられたパワーワードだった。

ビジネスジャーナリスト
シカゴの大学へ留学し会計学を学ぶ。大学卒業後、ブルームバーグLP、セブン&アイ、コカ・コーラボトラーズジャパン勤務を経て独立。フルーツギフトのビジネスに乗り出し、「高級フルーツギフト水菓子 肥後庵」を運営。経営者や医師などエグゼクティブの顧客にも利用されている。本業の傍ら、ビジネスジャーナリストとしても情報発信中。