北朝鮮の対マレーシア国交断絶は金王朝崩壊の序章か

高橋 克己

北朝鮮外務省は19日、朝鮮中央通信を通じてマレーシアとの国交断絶を発表した。対北制裁に違反したとされる北朝鮮国籍のムン・チョルミョンの身柄を、マレーシアが米国に引き渡したことがその理由だという。バイデン外交が動き出したこの時期、一体何が起きているのか探ってみたい。

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北朝鮮とマレーシアと聞けば、17年2月にクアラルンプール空港で起きた金正男暗殺の記憶が鮮明だ。ベトナムとインドネシアの女性から顔に猛毒を塗られた正男が、控室で意識不明になるまでの画像や、それを要所で窺っていた数名の男が、北の大使館を出て空港に向かい出国する様子も放映された。

当時の印象からは、マレーシアが北朝鮮に対して特段の配慮をしている国と思えただけに、今回の一連の出来事を、驚きをもって受け取る向きも多かろうと思う。が、暗殺事件まではベトナムやシンガポールなどの北朝鮮との関係と同じようだったものが、事件後急速に悪化していたようなのだ。

マレーシアと北朝鮮は1973年6月に国交を樹立、ビザ免除協定やマレーシアの私立大学から金正恩に賞が授与されるなど、平壌に大使館を置く20ヵ国の中でも比較的親密な関係にあった。最初に変化が訪れたのは16年3月の国連安保理による北朝鮮制裁決議2270の全会一致の採択だった。

制裁決議の影響はマレーシアに対して、北朝鮮の出稼ぎ労働者の帰国や北のフラッグキャリア高麗航空の着陸制限などの措置を取らせるに至ったものの、これは他の周辺国も同じだった。だが17年2月、金正男暗殺事件が起きた。

マレーシア当局は事件直後、北朝鮮国籍者一人を容疑者として逮捕、これに対して北は国内のマレーシア人9人を拘束した。マレーシアは金正男の遺体返還と引き換えに9人の帰還を確保した後、平壌の大使館の運営を停止し、北朝鮮もクアラルンプールから大使を召還した(ラジオフリーアジア)。

その後の両国の関係は、マレーシアで18年5月にナジブ政権を追放した第二次マハティール政権が、北朝鮮との関係修復の一環として大使館の相互再開を模索、20年1月に両国で大使館が再開された。

金正男暗殺容疑者の逮捕や大使館の閉鎖にまで至りながら関係を修復してきた北朝鮮が、これまで実行しなかった「国交断絶」に踏み切った事情を忖度すれば、それは腰の据わらないように見えるバイデン新政権から譲歩を引き出すための、捨て身の威嚇と考える外ない。

というのも18日の中央日報、北朝鮮の崔善姫第1外務次官による「米国は2月中旬からニューヨークを含めさまざまなルートを通じて我々の接触を試みてきた」との談話を報じている。事実とすればバイデン外交はなぜ自ら接触を試みたのだろうか。

コロナや経済困窮で困っているのは北だ。トランプの様に制裁を維持しジッとしていれば、崔から偉そうに「対話自体が行われるためにはお互いが同等に向き合って話し合える雰囲気が醸成されなければならない」、「シンガポールとハノイでのような機会は二度と与えない」などといわれることはない。

シンガポールとハノイは共に北朝鮮の失敗に終わり、特にハノイでは長時間の列車旅にも拘らず、約束した土産はゼロ。お陰で会議を段取りした金英哲や崔善姫、金与正までもが、おそらく見掛けだけだったにしろ、揃って降格させられた。その崔にバイデン政権が吠える場を与えたことにならないか。

そこでムン・チョルミョンの身柄引き渡しに戻る。50代のムンは08年にマレーシアに移住するまで暮らしていたシンガポールで、フロント企業を通じて資金洗浄を行い、北朝鮮への違法な出荷をサポートするために不正な文書を発行したとされている(前掲ラジオフリーアジア)。

FBIは19年5月、ムンが対北朝鮮制裁を違反して酒や時計などの贅沢品を北朝鮮に送り、ダミー会社を通じて資金洗浄していとして、マレーシアに身柄引き渡しを要請した。マレーシア当局はムンをクアラルンプール郊外で逮捕、裁判所は同年12月、ムンの身柄引き渡しを承認した。

ムンは容疑を否認し、裁判所に身柄引き渡し決定の無効化を要請した。が、マレーシア最高裁は21年3月9日、ムン氏の要請を棄却、米国への引き渡しが確定した。すでに米国に引き渡されたと、19日の朝鮮日報は報じている。

同記事は、「史上初めて北朝鮮国籍者が制裁違反などの容疑で米国に引き渡された」、「北朝鮮が東南アジアなど海外で続けている不法行為に対し、制裁を強く適用する先例になるだろう」との米外交専門誌の分析も報じている。とすれば、北の強硬策は周辺国の同調を生じさせるだけではなかろうか。

バイデン政権の今回の北朝鮮に対する動きが、22ヵ月を経て漸く実現したトランプ政権の身柄引き渡し要請に、コロナワクチン同様、便乗したものだとすれば、かなり強かだ。ブリンケンは日米2+2で北の核問題解決での中国の役割も強調していた。いよいよ金王朝の崩壊が近いか。