仕事が見つけられなくなる日

ファーストフード店に行くと自販機で食券を買い、無言で店員に渡し、しばらくすると注文した食べ物が出てくる、というごく普通の光景も、よく考えると昔との違いに気がつきます。かつては注文を聞き、勘定をもらう作業があったため、それが業務の中にあったはずですが、自販機がそれを代行するため、カウンターの中は最小限の調理人とそれを客に出すスタッフだけとなりました。では調理人はスキルが必要か、といえばセントラルキッチンから提供されたものを簡単に調理し、温め、盛りつけるだけなので調理技術を求めるのではなく、肉体労働化させたのがチェーン飲食店の選んだ道でした。

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日経にはロボットが動き回る焼き肉店とか、店員と一切接触しない回転すし店が紹介されています。店員の作業は厨房での作業や片付けですがこれも機械化が進みます。

ロンドンのタクシー、通称ブラックキャブは世界で最もドライバーの免許が取りにくい、とされています。高度な記憶力と最短で行けるルートを瞬時に答える試験があり、この試験に合格すれば鼻高々だったのです。しかしこんな試験、ナビがあれば一瞬で解決する問題であり、まるでレジ打ち係になるのに高度な暗算能力を要求することと何ら変わりありません。

我々の世代はそれでも「誰かがやらねばならない」という社会でそろばんもペン習字もタイプライターの打ち方も技能として習得して「どれか役に立つだろう」というぐらいだったと思います。スマホができたとき、私は人間の「外部記憶装置」と揶揄したことがあります。自分の家の電話番号が分からない人が圧倒的に増えている現実。ましてや親や家族の携帯番号なんて記憶している人はどれぐらいいますか?このスマホは更に進化し、AI機能が様々なサジェスチョンをしてくれるようになり人間は技能の習得に疑問を持ち、そのかわり、時間つぶしのゲームをするのです。

私の友人の自動車修理事業者。彼が「自分の子供にはこの仕事は継がせない。だって車の基本が変わるのだから継続性がない」と。

今は車から家電までセールスマンは必要なくなりました。多くの客はネットでじっくり調べてくるので決め打ち型で店に来たとき、「あるか、ないか」しか聞かない客が増えているのです。

これら一連のストーリーは仕事の質がどんどん変わり、機械化できるものはそれに代わり、人間が引き続きするのは高度な技術、能力、創造力、複数の違う作業を効率的にこなす能力といった分野か、機械化できなくはないけれど人間がやった方がまだ安いものの二極化であります。冗談のような社会が本当にやってきているのです。そのうち、手織り製品に「made by human」という表示がなされるかもしれません。希少価値ですごい値が付きそうです。

ウーバーなど宅配配達員が急増していると報じられています。問題は配達員同士のパイの奪い合いで、だんだん仕事の数が減っているという声も聞こえます。また配達員の料金体系は複雑ですが一般に配達が長距離であるほど高いインセンティブが出るため、自転車等の暴走が起こりやすい背景となっている点はあまり指摘されていないでしょう。

配達員はいくらもらっているか、時給換算で1500円ぐらいとされます。しかし24時間ランチやディナータイムがあるわけじゃなくピークタイムに集中する点の視点が欠けています。では本当にいくら稼げるか、ネットを覗くと「10時間で8千円-2万円も稼げる!」とあります。時給で800円から2000円、しかも10時間働く肉体労働です。通常のフルタイムの人が時給2000円換算だと月の給与は32万円、年収で400万円弱。こう考えると極めて厳しい労働環境なのです。

実情は「稼がないと食えない」なのですが、そうではなく「自転車をこぐスキルしか与えられない」とも言えないでしょうか?これは大変憂うべく社会が形成されつつあるということです。トラックドライバーのスキルもない、調理人のスキルもない、建設作業員のスキルもないの「ナイナイずくし」の人が増えてしまったのです。

「AIができると仕事がなくなるのか」という議論をかつて何度かしたことがあります。結論はAIや技術が浸透しても必ず新しいビジネスが生まれるから仕事がなくなることはないということでした。しかし、私は最近、この考えを少し変えなくてはいけないのではないか、と思いつつあります。つまり、あぶれてしまう人が急増するリスクです。人口減の日本ですらそういう社会になりつつあるのです。

カナダにはホームレスが本当に増えました。雇う側も選ぶのです。そして募集すればそれなりの数は集まります。しかし、私が最近小耳にはさんだのは両手の数ぐらいの人数を面接したのに「該当なし」でされも採用されなかったという事実です。つまり会社は一定の能力を持つ人ではないと妥協すらしないともいえるのです。

こんな社会、誰がした、と怨嗟の声が聞こえてきそうです。

では今日はこのぐらいで。


編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2021年3月29日の記事より転載させていただきました。