カダフィの予言と欧州ユダヤ人

欧州諸国は今、中国発の新型コロナウイルスの感染拡大で苦戦しているが、気温が高まり、地中海の波が静まる頃になると、北アフリカから多数の難民が欧州に殺到するのではないかと予想されている。同時に、欧州に住んでいるユダヤ人が欧州から出ていく「出ヨーロッパ」の時が刻々と近づいてきているというのだ。

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少し説明する。1977年から30年以上、独裁政治を続けていたリビアのカダフィ大佐の予言がその現実味を帯びてきている。「カダフィ大佐の予言」とは、カダフィ大佐が2011年、「お前たち(欧米の指導者たち)が俺を追っ払おうと画策しているが、俺がいなくなれば、北アフリカの政情は不安定となり、大量の難民が欧州に殺到するだろう。そうなれば、誰もがそれを止めることができなくなるだろう」と語った内容を意味する。カダフィ大佐は2011年10月20日、反カダフィ勢力の「リビア国民評議会」に追われ、最後は出身地シルトで殺害された。先の予言は大佐が生前語ったものだ。その予言は2015年、実現したが、第2の難民殺到の時を欧州は迎えようとしているのだ。

一方、ナチス・ドイツ政権の迫害を生き延びたユダヤ人たちはその後、全世界に散らばった。欧州にも多数のユダヤ人が住んできたが、反ユダヤ主義的傾向が高まってきたことを受け、欧州から出ていこうとするユダヤ人が増えてきている。モーセが60万人のユダ人同胞を引き連れてエジプトからカナンを目指した「出エジプト」のように、今度は欧州の地から祖国イスラエルに戻っていくというわけだ。すなわち、欧州大陸へ入ってくる難民と入れ替わって、ユダヤ人が欧州から出ていくことになる。欧州での民族交代劇の時を迎えてきたのだ。

アフリカのチュニジア、アルジェリア、リビアでは100万人以上の若者たちが欧州に向かうために準備しているという。彼らは母国では仕事もなく、未来への希望もない状況下で生きている。20年以上、独裁政治を続けたベン・アリ政権後、チュニジアでは民主化が進む一方、反政府抗議デモやサラフィスト(イスラム根本主義のウルトラ過激派)らイスラム根本主義勢力の暴力事件が多発している。国民経済は破綻寸前だ。若者たちは仕事を見つけることができず、日々の糧を得るのでさえ大変だ。

人口4000万人のアルジェリアではイスラム過激根本主義勢力が台頭してきた。政情は混乱してきている。100万人のアルジェリア人はフランス・アルジェリアの2重国籍者だ。地中海を渡り、欧州大陸に到着できれば、合法的に滞在できるチャンスがある。カダフィ政権が崩壊して以来、ソマリアからセネガルまで政治的に不安定な地域が拡大し、数十万人が欧州を目指して待機している、といった具合だ。

欧州では2015年、中東・北アフリカから100万人以上の難民が欧州に殺到して、大混乱となったが、2021年、それが再現する可能性があるというわけだ。欧州連合(EU)本部のブリュッセルが“第2の難民殺到”の時を控え、万全体制を敷いているとは思えず、欧州に住むユダヤ人は中東・北アフリカからイスラム系難民が殺到する前に欧州から出ていこうとする動きが見られるのだ。フランスでイスラム過激派テロ事件が多発し、ユダヤ人が犠牲になる度に在仏ユダヤ人がイスラエルに移住していったが、今度は欧州全土からユダヤ人の出ヨーロッパ現象が見られるという。

欧州ラビ会議(CER)のピンシャス・ゴールドシュミット会長は先週、ドイチェ・ヴェレとのインタビューで、「欧州で反ユダヤ主義的犯罪が多発してきた。それに対し、欧州の指導者は対策の強化を表明するだけで、具体的な対策を怠ってきた。彼らは偽善者だ」と厳しく批判している。具体的には、「ベルギーではユダヤ人の伝統的料理法に文句をつけ、ユダヤ民族の聖なる行事、割礼に対しても、それを禁止しようとする動きがみられる」という。ロシアのユダヤ人社会の代表でもある同会長は、「欧州で反ユダヤ主義的蛮行が多発する一方、ユダヤ人の宗教的実践に対して制限を強化してきた。その結果、欧州に住んでいる多くのユダヤ人は欧州から出ていくことを真剣に考え出している」と説明する。

ユダヤ人を狙ったイスラム過激テロ事件や反ユダヤ主義的言動だけではない。例えば、欧州では動物愛護関連法が施行されている国が多く、ユダヤ民族の伝統的な食事規定(コーシェル)を認めない国が出てきた。そうなれば、欧州のユダヤ人はコーシェル・フードを食べることが出来なくなる。

ドイツに住む10万人弱のユダヤ人社会に100万人を超えるイスラム系難民が殺到してきている。その大部分が国で反ユダヤ教、反イスラエルの強い教育を受けてきた人々だ。単純な計算からいっても、15年以降、ドイツに住むユダヤ人が反ユダヤ主義的な襲撃や中傷を受ける危険率は膨れ上がったことになる(「イスラム系移民のユダヤ人憎悪」2017年12月22日参考)。

ちなみに、反ユダヤ主義はナチス・ドイツが生み出したものではない。イエスが生まれる前からあった。イエス誕生前のユダヤ民族の歴史を記述した旧約聖書にはユダヤ民族への弾圧、迫害は既に生じているから、反ユダヤ主義はイエスの十字架の死後やナチス・ドイツ政権のユダヤ民族大虐殺(ホロコースト)の結果ではないことは一目瞭然である(「なぜ反ユダヤ主義が消滅しないのか」2020年12月6日参考)。

中東・北アフリカから欧州にイスラム系難民が殺到する一方、欧州に住んできたユダヤ人が欧州から出ていけば、欧州の政治、経済、金融、文化、社会の状況は大きく変わっていくだろう。コロナ禍で苦闘している欧州は全く別の大きな挑戦に直面しようとしている。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2021年4月1日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。