東芝の喜怒哀楽

歴史に「ればたら」は禁物とは言いますが、東芝が10年、時計の針を戻すことができればずいぶん違った絵図になっていたのでしょう。

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同社のドタバタ劇については今更語るつもりもありませんが、経営者としての品格が欠けるエコノミックアニマル的社長が3代も続き、日本的マネージメントの問題点が浮き彫りになった事件でありました。それ以外の大企業や伝統ある企業も方々で行き詰まり、成長路線を描けなくなったその象徴でもありました。

さて、ここにきて東芝を巡る環境は数年前、予想された通りの展開となってきました。物言う株主の台頭、そして半導体部門への注目という二つの点であります。

まず、物言う株主問題から見てみましょう。

2017年、東芝は一連の問題処理に伴い、虎の子である東芝メモリ(現キオクシア)を日米韓の三社連合に売却し、その代金でもって債務超過、ひいては上場廃止を避けようとしました。ところが関連国における独占禁止法審査で時間がかかります。尾を引いたのが中国の審査で当時の日中関係からしても「(審査が)間に合わない可能性は高い」とされます。「間に合わない」では済まされないため、やむなく打った手が海外投資家向けの増資でした。これは当初から毒薬とされ、物言う株主を自ら増やし、経営のかじ取りが難しくなると指摘されていました。私も同様の意見をさせて頂きました。

ここで登場するのが車谷暢昭氏です。2018年3月決算を増資で乗り切るめどが立ったところで同社の指名委員会からトップ就任の指名がかかります。これが18年2月。車谷氏は三井住友フィナンシャルのNo.2でしたが頭取レースに敗れます。しかし、経済産業省からの差し金で敗者復活戦となるのです。氏の手腕についての評価は分かれているようです。そして少なくともいえるのは増資を引き受けた海外投資家の受けは悪いということです。(誰がやっても無理だったかもしれませんが。)

2020年の同社の株主総会で車谷氏の選任賛成比率は57.96%であります。そこにもってきて2020年の総会手続きが不備だったのではないか、を問う臨時株主総会が3月18日に行われ、なんと株主提案である「運営不備の究明」が可決したのであります。議長の車谷氏は6月の定時株主総会までにその調査結果を発表することを約束させられたわけです。どう見ても物言う株主が徹底的に戦う姿勢が見て取れ、車谷氏の引きずり下ろし作戦は今のところ順調に推移している状況であります。

では同社の喜びというか微妙な気持ちの方を見てみましょう。それはキオクシア(旧東芝メモリ)の行方であります。切り離した2017-8年当時は半導体市況は強くなく、競争にされされ、巨額投資をずっと行わねばならない「金食い息子」とされていました。そういう意味では稼ぎもいいけれど投入する資金も多いこの事業は東芝にとっての虎の子も裏返してみれば放蕩息子と映ったわけです。私は当時からそれでもこの会社を手放すのは絶対反対、と何度も指摘してきたのですが、もちろん、株主でもない私の声が届くはずもありません。

時代が3年も経つと市況はこうも変わるのか、と思わせたのがこのコロナが引き起こした半導体特需。それまでのお荷物がゲーム特需に沸き、クルマも売れるのに搭載する半導体が足りなくなります。自動車業界に対して「いまさら言われても遅い!」という圧倒的な強気姿勢に転じたわけです。

このキオクシアですが、そもそもは上場させる計画で早ければ今年の夏にも、というスケジュール感で準備が進んでいます。東芝は同社の4割の株主で残りは投資家連合。当初のIPOは3兆3000億円規模とされましたが、ここにきて半導体ブームからこの価値は2割は上がっているとみられます。

そこにアメリカの半導体大手、マイクロンとウェスタンデジタルがキオクシアを買収しようと画策しているとされます。IPO前なので場外戦でありますが、今のところ、IPOを優先するのではないか、そしてむしろ市況を見てIPOの時期をフレキブルに考えるという流れのようであります。

では同社を取り巻く投資家との確執、そして落としどころは何処にあるか、といえばキオクシアの売却額が想定よりも高いものになり、金銭的リターンを十分に確保し、東芝をしゃぶり尽くした時点で消えていくと思われます。東芝本体の魅力は海外投資家の目線からはさほどではないと感じています。つまり、今年が山場であるとみてよいかと思います。

東芝は社員も社風もよい会社なのですが、この10年近くの遠回り、そして失った資産とチャンスは大きかったと思います。東芝が不祥事起こさず、半導体事業も手放さないですんだならば場合によってはソニーと並んで電機の双璧、あるいは日立と永遠のライバル関係になれたはずで日本の電機業界の勢力地図はかなり違ってきていたと思います。でもこんな高い代償を払ったのは東芝だけではなさそうです。

では今日はこのぐらいで。


編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2021年4月2日の記事より転載させていただきました。