世の中にはちょっと考えられないような事件や出来事が生じるものだ。以下は、4月1日エイプリルフール用の話ではない。イタリアのマフィアの話だ。
2014年、オランダにコカインを密輸していた容疑で警察官に追及されていたイタリア・マフィアのンドランゲタ(Ndrangheta)メンバー、ビアルト容疑者(Marc Feren Claude Biart)はその直後、姿を消した。インターポール(国際刑事警察機構)が懸命にその行方を追ったが、今月に入るまで分からなかった。事件は迷宮入りの様相を深めていた。
ところが、ひょんなことからマフィアの潜伏先が判明したのだ。その貴重な情報を提供したのは、なんとユーチューブ(You Tube)の料理番組だった。独の代表紙フランクフルター・アルゲマイネ・ツァイトゥング(FAZ)電子版が先月末報じた実話だ。
イタリア人の人生哲学は「ドルチェ・ヴィータ」と呼ばれ、人生を楽しむことを大切にする。イタリア人のビアルト容疑者の趣味は料理で、イタリア料理を作る事が大好きだった。彼はドミニカ共和国に逃げ、そこで5年余り静かな潜伏生活を過ごしてきたが、時間があるので相棒の女性と共にユーチューブで料理番組の動画を流すことにした。もちろん、その動画で顔を見せるわけにはいかないから、料理する手だけを撮影して放映した。
ビアルト容疑者(53)がユーチューブの評判がいいこともあって料理番組に邁進していた。その矢先、イタリア警察は料理人となって潜伏中のマフィアを逮捕したのだ。
動画ではマフィアは顔を見せていない。どうして警察側はマフィアの身元を確認できたのかだ。その疑問を解くのはマフィアが手に彫っていた入れ墨だ。料理番組の動画では料理人の彼の顔は映らないが、手は見える。その手に彫っていた入れ墨が動画の中に映り込んでいたのだ。そして、その入れ墨に覚えのある関係者がイタリア警察に連絡したことから、2014年から姿を消してきたビアルト容疑者は逮捕されたわけだ。入れ墨が事件の解決に大きな役割を果たしたのだ。
入れ墨といえば、米FOX制作のサスペンスドラマ「プリズン・ブレイク」(ウェントワース・ミラー主演)を思い出す読者もいるだろう。覚えのない殺人で死刑囚になった兄を救う為に銀行泥棒を演じて兄が収監されているフォックスリバー刑務所に入り、兄を救い出すという話だ。その前に、主人公の弟は脱獄するために刑務所の構造やその逃亡先まで詳細に描いた入れ墨を背中にする。その入れ墨に秘められた情報をもとに脱獄する話だ。そこでも入れ墨が大きな役割を果たしている。
このコラム欄でも欧州の入れ墨ブームについて書いたことがある(「ドイツの若い女性は『刺青』がお好き」2019年7月4日参考)。独週刊誌シュピーゲル(2019年6月22日号)によると、ドイツでは2017年の段階で、5人に1人が自分の体に刺青(タトゥー)を入れ、25歳から34歳の女性に限ると、その割合は2人に1人となるという。記事を読んで正直驚いた。刺青は欧州社会では市民権を完全に獲得しているわけだ。
オーストリアでもドイツと同じ傾向がみられる。16歳から30歳までの若い世代では25%が刺青をしている。同国には600人以上のプロの刺青師がいる。そのほか、ハンガリーやチェコから不法な刺青師が入ってきている。
考古学によると、刺青の歴史は人類歴史と同じように長い。刺青は自身が所属している社会、グループを表示する一方、それに対して忠誠を表明する手段のように受け取られていたという。現代の若者は愛する人の名前を腕や胸に刺青する場合が結構多い。刺青することで変わらない愛を自分の体に表現するわけだ。
体中に刺青をしている元プロサッカー界の英雄デビッド・ベッカムを思い出してほしい。当方が好きな米CBS映画シリーズ「ハワイ・ファイブオー」の主演アレックス・オローリンも両腕に刺青をしている。有名人の刺青に刺激されて、体に刺青をする若者は増えてきた。
欧州では多くの若い世代が一種のモードとして体に刺青を入れるが、その刺青を消すための方法もレーザー除去から皮膚移植など多種多様に出てきている、早まって刺青をしたが、その刺青が重荷となってきたので消したい、と刺青師に泣きつく若者もいるという。
先のイタリアのマフィアの話に戻る。多分、彼は手の入れ墨で自分の居所が割れるとは考えていなかったはずだ。警察官が自分の潜伏地に現れた時、驚いただろう。貴重な情報を提供した入れ墨がどのようなものであったかについては、FAZの記事は何も説明していない。多分、プリズン・ブレイクの主人公のような奇抜なデザインだったはずだ。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2021年4月2日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。