ペーパーレスなのにプリンタ―が売れる理由

プリンターの品不足が続いています。

家電量販店の家庭用プリンタ―コーナーには、

「1ヶ月後お届け」
「入荷日約3か月後」
「受注再開時期未定」

といった入荷「見込」が貼られています。

特に、安価な製品の品薄が顕著です。キャノンやエプソンは若干在庫があるものの、ブラザーに至っては、全機種店頭在庫がありません(※1)。

販売スタッフによると、コロナにより部品調達が難しくなり、生産量が「減っている」。加えて、テレワークの増加により、自宅でプリントする人が「増えている」とのこと。供給減+需要増。品薄になるのは当然でしょう。

今回は家庭用プリンターを取り巻く状況について考察したいと思います。

供給力が成功要因に

テレワークで、プリントするのは、主に仕事の資料です。写真を高画質でプリントすることはほとんどありません。したがって、本体とランニングコストが安価で、印刷品質は「そこそこ」。これがニーズです。ところが、このニーズに沿わない製品を販売しているメーカーが勢いづいています。

「今は供給できる会社が勝つという状況だ」(小川恭範 セイコーエプソン社長) エプソン、リモート急増で脱「紙」戦略の成否 | IT・電機・半導体・部品 | 東洋経済オンライン

エプソンは、生産工場をインドネシアやフィリピン、中国、タイなどに分散(※2)。プリンターの生産能力を、1~2割増強しました。結果、機種は少ないものの、量販店に一定量の製品供給ができています。

本来、エプソンは写真の高画質プリントが強みであり、テレワークのニーズに合っているわけではありません。しかし、その供給力を活かした戦略を展開しつつあります。

「ニーズにあった製品開発」よりも「供給力」が成功要因。コロナ禍で続くこの状況は、プリンタ―の品薄状況を物語っています。

しかし、昨今は「ペーパーレス化」が進んでいるはず。にもかかわらず、なぜプリント需要が増加するのでしょうか。

テレワークで増えたプリント「需要」とは

筆者のメールの受信ボックスには

「今こそ始めたい『請求書』ペーパレス化」
「ペーパーレス『経費』精算」
「電子『帳簿』保存制度でペーパーレス化」

といった広告メールが毎日大量に送られてきます。

請求書、経費、帳簿。これらは、取引先や会社、公的機関などに提出するもの。共通するのは「人に渡すもの」である、ということ。昨今のペーパーレス化の対象は、こういった「人に渡すもの」です。

一方、テレワークでプリントするものの多くは、人に渡すものではなく「自分で使うもの」です。

プリントして書き込む。異なるページを行き来する。順番を並べ替える。記憶や理解、整理のため、こういったことをする人は多いのではないでしょうか。群馬大学の柴田博仁教授は、こういった動作を「文章インタラクション」と呼び、「紙に優位性がある」としています。

文書インタラクションが多い「読み」ほど、電子メディアに対する紙の優位性が顕著に示される傾向にある ーパーレスオフィスはなぜ来ないのか?紙はどこで使われるのか?(日本画像学会誌 | 柴田博仁)

会誌では、データを紙にプリントする理由も調査されています。着目すべき点は「注釈をつけたいから」が18.5%を占めていることです。文章インタラクションを行う層が一定数いることを表しています。

この層のニーズに応えられるデバイスが出現しない限り、「自分で使う」ためのプリントは減らないでしょう。

ペーパーレス化は浸透するか

筆者が欲しかったプリンタ―の入荷時期は「未定」。止むを得ず買った高価格機種の入荷は「1週間後」。このプリンタ―の売れ具合を見る限り、ペーパーレス化の浸透は、まだまだ時間がかかりそうです。

[ 参考 ]
※1
4月3日 筆者訪問の大型家電量販店にて
※2
エプソンがコロナ禍でもプリンター増産のなぜ?「供給すれば売れていく状態」(小川社長)|日刊工業新聞社