中国ウイグル人問題で揺れるトルコ

中国の王毅外相は先月24日から30日まで6カ国の中東(サウジアラビア、トルコ、イラン、アラブ首長国連邦=UAE、オマーン、バーレーン)を歴訪した。日本のメディアでは余り報道されなかったが、外電によると、トルコ訪問時に中国新疆ウイグル自治区のウイグルへの弾圧に抗議するデモが行われた。トルコは過去、中国の同化政策から逃れた多くのウイグル人を受け入れてきた。その数は少なくとも5万人と推定されている。そのトルコ在住のウイグル人がデモに参加したわけだ。

ウイグル人問題で揺れるエルドアン大統領(トルコ与党「公正発展党」公式サイトから)

それに先立ちトルコでは3月8日、イスタンブールでイスラム系ウイグル人の女性数百人が、中国の新疆ウイグル自治区にある強制収容所の閉鎖を求めて抗議デモを行っている。収容所では「組織的なレイプや強制的な不妊手術が行われている」と訴えている。

ウイグル人は8世紀までに中国西部に定住したトルコ系遊牧民の子孫にあたるという。言語や文化の面で共通点が多く、トルコ政府は「同胞」と受け取っている。だからウイグル人の弾圧はトルコ人にとって静観できないテーマだ。

実際、「バレン郷事件」31周年の今月5日、トルコの野党政治家が同事件に言及し、中国共産党政権を批判するメッセージを投函した。「バレン郷事件」とは新疆ウイグル自治区のアクト県バレン郷で、1990年4月5日に起きた反政府の大規模な農民蜂起事件だ。ウイグル分離独立派と中国軍の衝突により死者が出た。同事件を機に、ウイグル人が大量に逮捕され、トルコへ数万人が脱出している。

海外中国メディア「大紀元」によると、トルコの優良党のメラル・アクシェネル党首と同国の最大野党・共和人民党(CHP)で指導的な立場にあるマンスール・ヤワシュ氏のメッセージが報じられた。ヤワシュ氏は「1990年の大虐殺の痛みを今でも感じることができる」と述べている。

それに対し、トルコ駐在の中国大使館はすぐに反論のツイートを流し、「新疆ウイグル自治区が中国の領土の不可分の一部であることは、国際的にも認められ、議論の余地がない事実だ」、「わが国の主権と領土的一体性に対する個人あるいは権力からのいかなる挑戦にも断固対抗する。中国側は正当に対応する権利を留保する」と述べている。「中国への批判を絶対に許さない」といったいつもの攻撃的な反論だ。

中国側が威嚇すればトルコ側は静まると考えていたとすれば、大きな間違いだ。トルコ人は相手が批判した場合、それを黙認する民族ではない。オスマン・トルコ帝国の血を引くトルコ民族は激しい闘争心を秘めている。批判されれば、絶対反撃する民族だ。欧州連合(EU)との交渉で一歩も譲歩せずに主張するエルドアン大統領はその典型的な例だ。

実際、中国大使館のトルコ批判に対し、トルコ国内のネットユーザーから8000件以上の批判のメッセージが書き込まれたという。それだけではない。トルコ外務省は6日、中国大使を呼び出して抗議している。曰く、「この国はあなた方の植民地ではない。この国の国民を脅すことはできない。外交ルールを守れ!」だ。

蛇足だが、欧州の中では、セルビア民族とトルコ民族は闘争心で1、2位を争うだろう。中国側が「戦狼外交」でトルコを脅迫すれば、トルコ側から痛い反撃を受けるのは必至だ。中国共産党政権も今回の件で学ぶべきだ。トルコ人は名誉、威信を重んじる。威信を守る為ならば犠牲を払うことも辞さない民族だ。その民族性があるから、トルコは紛争地・中東で常に一定の役割を果たしてきたのだ。

しかし、トルコ側にも弱みがある。国民経済の停滞とイスラム過激テロ問題だ。中国共産党政権はトルコが抱えている問題を知っているから、習近平国家主席が提唱した新シルクロード「一帯一路」にトルコを招き、巨額の経済プロジェクトをちらつかせてきたわけだ。トルコ経済専門家によると、インフラ整備などに関する中国のトルコ向け投資は増加し、トルコにとって中国はロシア、ドイツに次ぐ第3位の貿易相手国という。

“イスラム教国の盟主”を自任するエルドアン大統領は国内のイスラム過激テロ問題では強硬な姿勢を崩していない。中国共産党政権がウイグル人への弾圧、同化政策を「イスラム過激テロ対策の一環」という立場で主張するのは当然の作戦だ。実際、イスタンブールのナイトクラブで2017年1月、39人が殺害されるというテロ事件が発生したが、イスラム教テロ組織「イスラム国」(IS)のウイグル系メンバーだった。

トルコは中国のウイグル人への弾圧問題では中国批判の最前線に立ってきた。前述したように国民レベルでは中国批判の姿勢は変わっていないが、政府レベルではここにきて中国批判を抑えてきている、と受け取られ出している。

中国共産党政権の人権蹂躙問題は周知だが、トルコ側もエルドアン政権下で「言論の自由」など人権が蹂躙されている、といった西側の批判にさらされている。人権問題の分野では中国とトルコは双方、同じ問題を抱えているわけだ。両国が共同戦線を敷く余地はあるのだ。

なお、トルコは昨年12月30日、中国との間で犯罪人引渡し条約を締結したという。トルコ在中のウイグル人は大きな懸念を有しているというニュースが流れてくる。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2021年4月11日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。