コロナ禍の欧州で保健相がまた辞任

新型コロナウイルスが猛威を振るう欧州で、コロナ対策の最前線にたつ保健相の辞任・解任劇が続いている。オーストリアでも昨年の第1ロックダウン(都市封鎖)までは欧州の代表的保健相として評判が高かったオーストリアのルドルフ・アンショーバー保健相(60)が13日、辞任を表明した。

辞任を表明したアンショーバー保健相 2021年4月13日、オーストリア国営放送の中継から

「職務を継続できる体力がなくなった」と説明、自身の健康問題が辞任の最大理由だと説明した。同相はオーバー・エスターライヒ州議会で活躍していた12年前に燃え尽き症候群(アウトバーン)で活動を一時停止しなければならなかったことがある。「一議員ならば休息を取って再びその職務を再開できるが、パンデミックの今日、保健相が長期間、療養することはできない。コロナウイルスは休まないからだ」と説明し、辞任に踏み切ったと語った。すなわち、アウトバーンの再発ではなく、循環虚脱症状で、めまい、時には失神状況に陥ったという。

記者会見では、「保健相として歩みだして15カ月が経過するが、自分には15年間の月日が過ぎたように感じる」と述べ、新型コロナウイルスが欧州を席巻し、その対策で奔走してきた日々を振り返りながら、時に涙ぐむシーンも見られた。

同相は、「欧州保健相理事会に参加した時、多くの知り合いの保健相の姿が見られなかった。辞任したり、解任されたりして入れ替わっていたからだ。チェコではこれまで4人の保健相が就任し、辞めている。新型コロナ対策に直接関わる閣僚の保健相は大変な激務であり、期待と共に批判にさらされる立場だ」と述べ、「自分の政策を批判するメールばかりか、昨年11月には殺人予告メールも届いたことがある。そのため、内務省所属の身辺警備担当コブラ部員が自分を守ってくれた」と証した。同相はオーバー・エスターライヒ州の自宅から毎日、電車でウィ―ンの保健省まで通ってきた。電車の中で多くの人々と対話することが好きだったが「殺人予告メール以来、それが出来なくなった」という。

オーストリアのクルツ政権は中道右派「国民党」と環境政党「緑の党」との連立政権だ。保健相は「緑の党」に所属する。「政治的、政党的駆け引きなどもあったが、パンデミック対策では連立政権の仕事は良かった」と述べているが、コロナ規制の強化、ロックダウン問題では、経済界を支持基盤とする国民党からさまざまな圧力がかかり、規制強化を主張する保健相と対立してきたことは周知の事実だ。アンショーバー保健相がクルツ首相に辞任の意向を伝えたのは13日の記者会見直前だ。クルツ首相との関係が厳しかったことが伺える。

例えば、保健相はイースター(復活祭)前の規制緩和案には強く反対してきた。ウィーンとニーダーエスターライヒでロックダウンを5月2日まで延期することになったばかりだ。保健相は、「ウィーン市のルドヴィク市長(社会民主党所属)の協力には心から感謝している」と述べたが、記者会見では一度もクルツ首相の名前を挙げていない。

保健相は、「誰がやってもパンデミック対策は容易ではない。間違いも避けられない」と述べている。例えば、保健相が力を入れてきた「コロナ・アンぺル」設置は結局、中途半場で終わった感じがする。ただし、コロナ検査では、「オーストリアはコロナ検査の件数では人口比でトップだ」と誇った。

保健相は15カ月間の職務を振り返りながら、「全体的によくやってきたと思っている。自分は課題に対しては全力で取り組むタイプだが、今はそのための体力がない。パンデミックの時、国民の健康問題で100%全力で対応できる心身ともに健康な人間が必要だが、自分はもはやそうではない」と考え、コグラ―副首相(「緑の党」党首)らと相談し、辞任の意向を通達、次期保健相の選出で話し合ったという。

次期保健相はウィーンの開業医ヴォルフガング・ミュクシュタイン氏(47)が内定し、13日午後、最初の記者会見が開かれた。同氏には政治キャリアは皆無だ。そのため「政権内の国民党との駆け引きなどで問題が生じるのではないか」といった懸念も聞かれる。今月19日、大統領府でアンショーバー保健相の解任式と次期保健相の就任式が行われる予定だ。

同保健相は今後のコロナ対策の焦点として、①ウイルス変異種対策、②国民へのコロナ検査の徹底とワクチン接種の促進、③コロナ回復者のその後の医学的、メンタル的なケア問題(英国では国民の10%がコロナ回復後、さまざまな症状で苦しんでいる)などを指摘している。

そして最後に「自分は政治的小説を書くのが夢だ。健康が回復次第、これまでの政治家としての歩みを振り返りながら、小説を書きたい」と述べ、記者会見を終えた。会見の場にいた記者たちは退席する保健相を拍手で送った。

コロナ対策は今、大きな山場を迎えている。ワクチン接種の促進とウイルス変異株への対応、コロナ疲れが見える国民への啓蒙、国民経済の再開とコロナ規制の調和など、大きな課題が控えている。

コロナ禍の時期、誰がやっても大変な時だ。アンショーバー保健相は国民に嫌なことも言わなければならない立場で精神的にもストレスが多い日々であったと想像する。15カ月間、コロナ時代の初代保健相として奮闘してきたアンショーバー氏には感謝したい。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2021年4月15日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。