4月16日、人事院は2021年度の国家公務員採用試験の申し込み状況を発表しました。
昨年から14.5%減少して1万4310人で、5年連続の減少で過去最低、減少幅は過去最大です。
記事によると
人事院は「首都圏の新型コロナウイルス感染拡大の影響で、地方出身の学生が地元の自治体や企業を志望するケースが増えたのが主な要因」と分析。コロナ対策で関係省庁の勤務環境が厳しくなった影響も考えられるとしている。
とのことです。
正直、人事院のコメントは意味不明で、コロナによる一時的なものだから自分たちの責任じゃないと言っているように聞こえて非常に残念です。
この問題について、しっかりと背景を見てみましょう。
1. 加速する志望者の減少
キャリア官僚の志望者は、今の試験制度になった2012年度から減少し続けていますが、その減少の度合いが加速しています。かつてはキャリア官僚というと東大出身者が多かったですが、明らかに東大生の官僚離れも進んでいます。
2. 離職増加
20代のキャリア官僚の離職者はこの6年で4倍に増えており、特にこの2年急増しています。2020年度の数字はまだ発表されていませんが、現役の官僚たちに聞いているとおそらくさらに増えているのではないかと思います。
3.学生は霞が関をどう見ているか
人事院は、①コロナの影響による地方出身の学生の地元志向、②コロナ対策で関係省庁の勤務環境が厳しくなった、ということを要因としているようですが、本当にこれが要因なのであればコロナが収束すれば問題ないということになりますが、減少傾向はコロナ前から続いていますので放っておいては回復しないでしょう。
国家公務員志望者の情報交換サイト「×KASUMI」に掲載された志望者・内定者のアンケート結果を見てみましょう。
ポイントは以下の3点です。
- 「国民への貢献」にやりがいを見出す人が90%近く
- 長時間労働を不安に思う人が90%以上
- 「家事・育児との両立」に不安を持つ人も約80%。
今でも、社会のために働きたいという学生はたくさんいます。霞が関の仕事内容は本来そういった志のある学生がやりがいを感じられるはずのものです。また、社会にとっての重要性は高まる一方です。
長時間労働によって志のある学生が霞が関を敬遠するようでは、この国の政策をつくるという機能は立ち行かなくなります。先日、法案のミスがたくさん見つかったというニュースがありましたが、人材が確保できなければ行政のミスもどんどん増えていくことは間違いありません。
霞が関の働き方改革が待ったなしの緊急課題であることは明らかです。
4. 長時間労働
長時間労働の状況については、徐々に政府もその実態を明らかにしていますが、一番新しいデータを紹介します。
3月30日に朝日新聞が報じていますが、過労死ライン超えが3か月で延べ6532人となっています。
この記事の元になった政府の答弁書では、省庁別の数字を明らかにしています。
まず、残業時間が最も長かった職員の時間を省庁別に比べたものを見てみましょう。
ほとんどの省庁に民間だと違法になる月100時間以上の残業をしている職員がいます。中には、月200時間とか300時間とか異常な水準の人もいます。
次に、いわゆる過労死ライン超えの月80時間以上の残業を行った職員の数を省庁別に並べたグラフを見てみましょう。
省庁によって、大きな違いがあるのが分かります。
法案を提出する、政権の重要課題を担当している、コロナ対応をしている、そもそも恒常的に人が足りない、国民の注目度が高く国会対応が多いなど忙しい府省と、まだある程度余裕がある府省の差が大きいのです。
全体として、無駄な仕事を減らす努力やマネジメントを上手にしていくことは当然重要ですが、忙しい省庁が見殺しにされているのが今の霞が関です。
忙しい省庁というのは、国民にとって重要な仕事をしているから忙しくなるわけですが、そういう省庁から疲弊していく状況は、組織のマネジメントとしては最悪です。
これは、人員配置が各省庁ごとの縦割りになっていて、省庁間で人の融通が柔軟にできないのが原因です。行政の縦割りを打破といいますが、人員配置の縦割りを是正し政府全体で人員配置をならしていくべきです。
民間企業であれば違法な水準の長時間労働が常態化している霞が関の状況を放置していては、学生は社会のために働きたいと思っていても、霞が関を志望することに不安に思ってしまいます。
僕が霞が関を目指した20年あまり前は、官僚志望者がいる大学の学生が目指すような民間企業も長時間労働が当たり前の時代でしたから、霞が関がブラックでもそれほど学生の志望に影響はなかったように思います。
しかし、皮肉なことに、政府の対策や法律の改正もあり、民間(特に官僚志望者が併願するような大企業)の働き方改革は大きく進みました。その結果、霞が関のブラック度合いが異常なものとして際立つようになりました。
無駄な仕事を減らすことが重要ですが、政府の答弁で明らかになったような業務量と人員配置の偏りを政府全体で是正していくことを、今すぐやるべきです。遅々として進まないなら、労働基準法を国家公務員にも適用するのも一考でしょう。今は、国家公務員には労働基準法の時間管理の規定が適用されないので青天井で残業させても違法になりません。
5. 国家公務員の定年延長が霞が関崩壊の引き金を引く
政府は、4月13日、国家公務員の定年を延長する国家公務員法の改正法案を国会に提出しました。
国家公務員には定員管理というものがあり、〇〇省は何人とか、〇〇局〇〇課は何人という風に細かく人数が決められています。
国家公務員の定年を延長すると、これまでほぼいなかった60代の職員の割合がどんどん増えていきます。また、女性の採用比率を高めた結果、子育て中の女性職員の割合もどんどん増えていきます。男性職員でも今の若手は共働きが多いですし、子育てや家事などをやる必要があります。
つまり夜中まで働ける職員の割合がどんどん減っている中で、その傾向を加速化するのが定年年長なのです。
その結果、誰にしわ寄せがいくかというと20代30代の若手・中堅の夜中まで働ける職員たちです。定年延長して60代の職員が定員の内数に入ってくれば採用も抑制されるでしょう。
20代30代の職員は、常に夜中まで働かないといけない、そして部下はいないという状況に追い込まれてしまいます。
もう一つ、知っておかなければならないのは、この世代は転職適齢期ということです。30代後半から40代になると転職はかなり難しくなりますが、それは官僚も同じです。
20代、30代の官僚の給料は、官僚が転職するような大企業より大分低いですから、若手官僚が転職すると、まず給料は下がることなく、異常な長時間労働からも解放されます。生活面では、官僚を辞めることにハードルがほぼないのです。
今の働き方を改革しなければ、若手の離職の増加は止まりません。そこに定年延長がとどめを刺すことになります。
定年延長そのものに反対というわけではありませんが、政府も国会も今までと次元の違う抜本的な対策をとらなければ、霞が関は崩壊してしまいます。
個人個人の官僚や学生たちは、自分の人生を考えて他の道を選べるかもしれませんが、行政能力が低下して、一番迷惑がかかるのは我々国民です。
この問題について、より深く知りたい方は、拙著をお読みいただけますと幸いです。霞が関の実情、ブラックな労働環境の背景・要因、政治と官僚の関係、政策のつくり方、官僚の仕事のすばらしさ、官僚たちが素直に国民のために働けるようにするための政府への提言と国会への提言をまとめたものです。
編集部より:この記事は元厚生労働省、千正康裕氏(株式会社千正組代表取締役)のnote 2021年4月18日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方はこちらをご覧ください。