脱退した欧米加盟国の復帰を目指せ

ウィーンに本部を置く国連工業開発機関(UNIDO)の広報部が12日発表したところによると、次期事務局長選に3人が立候補届を出した。ドイツ経済協力・開発相のゲルト・ミュラー氏、南米ボリビア出身のUNIDOの幹部 Bernardo Calzadilla Sarmiento氏、そしてエチオピア首相府特別顧問兼上級閣僚の Arkebe Oqubay氏の3人だ。UNIDO次期事務局長選は中国人の李勇事務局長(2013年6月就任)の2期任期満了を受けて実施される。

新たな事務局長を選出するUNIDOのウィーン本部 UNIDO公式サイトより

日本政府、UNIDOの新プロジェクトへ729万ドルを支援=李勇事務局長(左)と引原毅在ウィーン国際機関日本政府代表部特命全権大使(右) UNIDO公式サイトより 2021年4月19日

次期事務局長選出までのプロセスによると、今月25日、候補者の3人は加盟国代表の前で自身を紹介し、事務局長としてのビジョンなどを語る。加盟国代表はそれを受け、質問する。事務局長としての資格、ビジョンを聞くわけだが、加盟国は既に誰を支持するかを決めているケースがほとんどだから、一種の儀式だ。そして7月12日から開催されるUNIDO理事会(理所国53カ国)第49会期で事務局長選の投票が実施される。その結果は11月29日から始まる第19回総会で全加盟国の承認を受ける運びとなる。

3人の候補者の顔ぶれから予想されることは、ドイツのミュラー氏が本命であり、次期事務局長に最も近い。ミュラー開発相はドイツ与党「キリスト教社会同盟」(CSU)の所属でメルケル政権の全面的支援を受け、次期事務局長の最有力候補として急浮上してきた。ミュラー開発相は既に今年9月に実施される連邦議会選(下院)では議席を求めず、2013年以来務めてきた経済協力・開発相を辞任する旨を明らかにしている。ミュラー氏は開発相の前は8年余り、連邦農業省次官だった。1994年以来、連邦議会議員だ。

同相は開発途上国への支援活動に専念し、ドイツの政治家の中では国民の信頼も厚い。開発途上国の経済発展に貢献したいという熱意を持っている政治家として知られている。活動舞台をドイツから国連に移し、開発途上国の工業開発を支援したいというわけだ。なお、ドイツは日本に次いでUNIDO分担が大きい。ドイツの意向を無視してUNIDOの運営は難しいわけだ。

UNIDOは1986年、開発途上国の工業発展と経済設備の支援などを推進する国連専門機関として発足したが、これまで欧米諸国の主要国が次々と脱退していった。カナダが1993年、その3年後には最大の分担金を払う米国が脱退、未払いの分担金もこれまで払っていない。これまで脱退した国は、カナダ、米国、英国、フランス、ポルトガル、ニュージーランド、オランダ、オーストラリアなどだ。脱退を検討している加盟国も少なくない。すなわち、世界の工業開発の先頭を走る主要先進国がUNIDOから出ていったわけだ。現在の加盟国数170カ国。

G7諸国は欧米諸国のUNIDO脱退の主因として、財政事情の悪化を挙げているが、これは間違っている。欧米主要国にとってUNIDO への分担金は大きな財政負担ではない。問題は少額であったとしても分担金を支払う意義、価値があるか否かだ。残念ながら、UNIDOは“価値なき国連機関”と受け取られてきた。米国が脱退してからは、世界のメディアもUNIDOの動向は報道しなくなった。UNIDOで記事となるのは、その腐敗と不正問題だけだ、といわれるほどだ。そのような国連専門機関のトップに誰が就任したとしても荷が重い仕事だろう。

欧米諸国の脱退ドミノ現象の中で、日本とドイツ両国はUNIDOに留まり続けてきた。一時期、ドイツ脱退の噂が流れた時、「ドイツが出ていけば、UNIDOは終わりだ」という悲鳴にも近い声が聞かれた。ちなみに、UNIDOから脱退する欧米諸国の中、日本はUNIDO最大の分担金拠出国として中国人事務局長を支えてきた。

李勇事務局長(元中国財務次官)は中国人初の事務局長としてUNIDOに乗り込んできたが、2期目に入ると「中国の、中国による、中国のための活動」に没頭してきた。中国通信機器大手ファーウェイ(華為技術)を支援し、同社の広報官のような活動に邁進。2018年4月、中国メディアとのインタビューでは、「UNIDOは中国共産党と連携し、習近平国家主席が提唱した『一帯一路』プロジェクトを推進させてきた」と自負を示したほどだ。

李勇事務局長は任期8年間で中国から多数の人材をコンサルタントという名義でUNIDOに雇い入れている。その中には経済スパイの任務を担った人間がいる。李勇事務局長が去った後も中国人コンサルタントがUNIDOを陰で牛耳る可能性も排除できない。

ミュラー氏がUNIDO事務局長に選出されれば、欧州初の事務局長となる。新事務局長はUNIDOの活動に失望して脱退した欧米主要国の復帰を働きかけるだろう。ドイツのメディアもミュラー氏の活動を紹介するようになれば、UNIDOは再活性化し、その本来の使命ともいうべき開発途上国への工業開発支援に貢献出来る日がくるかもしれない。ポスト李勇事務局長時代に期待したい。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2021年5月20日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。