1兆円の損害よりもイノベーション優先の米最高裁①

2021年4月、グーグルとオラクルのソフトウェアの著作権をめぐる訴訟で 、合衆国最高裁(以下、「最高裁」)は総額90億ドルの損害賠償を求めていたオラクルの主張を退けた。2005年、グーグルはスマートフォン向けOS(基本ソフト)「アンドロイド」を開発する際、オラクルの所有するアプリケーション・プログラム・インターフェイス(API)であるJava SEのコードの一部(全体の0.4%)を複製した。オラクルは著作権侵害で訴えたが、グーグルはフェアユースであると主張した。フェアユース規定は利用目的が公正(フェア)であれば、著作権者の許可がなくても著作物を利用できる米著作権法の規定。

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大方の予想に反し控訴審判決を覆した最高裁

グーグルは地裁レベルで2度勝訴したが、いずれも控訴審で覆された。このため、最高裁の判断に注目が集まっていたが、最高裁も以下の理由でオラクルの主張を認めるのではないかと見られていた。

① 最高裁の求めに応じて訟務長官がグーグルの著作権侵害を認める意見を提出した。
② 米最高裁は9名の裁判官で構成するが、トランプ前大統領が任命したバレット裁判官(保守派)は、2020年10月の口頭弁論には上院の承認前だったため参加しなかった。このため、4対4の評決になる可能性もあった。その場合は控訴審判決が維持されるためオラクルの勝訴となる。
③ 口頭弁論に参加した8名の裁判官の構成も保守派が5名、リベラル派が3名と保守派が多い。

ところが、最高裁は6対2の評決でグーグルのフェアユースを認めた。日本円にすると1兆円近い90憶ドルの損害賠償よりもイノベーションを優先させる判決を可能にするフェアユースの威力をあらためて見せつけた。

フェアユース規定の最大の受益者グーグル

同じく10年越しの訴訟となった書籍検索サービスでもグーグルはフェアユースが認められた。こちらは最高裁が上訴を受理しなかったため、控訴審判決が確定した。訴訟の過程では和解案が示された。和解案は二つの制度が重なって全世界の著作権者に影響を及ぼすものだった。一つは原告が個別に委任を受けなくても集団を代表できる米国独自の集団訴訟制度。もう一つは加盟国の著作権者に自国の著作権者と同等の権利を与えることを義務づけるベルヌ条約。日米両国ともこの条約に加盟しているため日本の著作権者も米国内でアメリカの著作権者と同等に扱われる。これが日本の出版界にも「黒船騒ぎ」をもたらした。

和解案は裁判所が認めなかったため、復帰した訴訟では地裁、控訴裁判所ともグーグルのフェアユースを認めた。最高裁も上訴を受理しなかったため、グーグルの勝訴が確定したが、決着までに11年を要した(詳細は城所岩生編著、山田太郎・福井健策ほか著「著作権法50周年に諸外国に学ぶデジタル時代への対応」第5章参照)。社運をかけるような消耗戦に連勝したグーグルはフェアユース規定の最大の受益者といえる。

判決は58ページに及ぶが、最初に4ページのシラバス(判決要旨)がついているので、これを抄訳する形で判決を紹介する。なお、小見出しは筆者が付し、筆者補足も加えた。

事件の背景

オラクルはJava コンピューター・プログラム言語を使用するコンピューター・プラットフォーム、Java SEの著作権を保有している。2005年、グーグルはアンドロイドを入手し、携帯機器用のソフトウェア・プラットフォームの開発に乗り出した。何百万人ものプログラマーが、Javaのプログラミング言語に習熟して、新しいアンドロイド・プラットフォームと連動できるようにJava SE プログラムのコード約11,500行を複製した。複製したのはアプリケーション・プログラミング・インターフェイス(API)とよばれるツールだった。プログラマーはAPIによって予め書き込まれたコンピューティング・タスクを自分のプログラムに呼び出すことができる。

長引いた訴訟で下級審は、①Java SEの所有者はAPIからのコードの複製を著作権で保護できるのか ②できるとしたら、グーグルの複製行為はフェアユースに該当するのか の2点について検討した。控訴審は、①について複製された行には著作権があることを認めたが、②についてはグーグルのフェアユースを認めた地裁判決を覆した。

最高裁の判断

判決:グーグルのプログラマーが、新しい変容的なプログラムを開発するためにJava SEのAPIコードを必要な行数だけ複製することはフェアユースに該当する。

筆者補足:最高裁は1994年の判決で、パロディのように別の作品を作るための原作品の変容的利用はフェアユースであるとした。以来、変容的利用にはフェアユースが認められやすい。

合衆国憲法は連邦議会に「著作者及び発明者に、一定期間それぞれの著作及び発明に対し独占的権利を保障することによって、学術及び技芸の進歩を促進する」権限を付与している(第1条第8節)。著作権は他人が安価に複製できるような著作物に対して、著作者に一定期間、排他的な権利を付与することにより、著作物の生成を促進している。こうした排他性はネガティブな結果を招くおそれがあるため、議会および裁判所は、著作権者による独占が公共の利益を損なわないよう保護する範囲を制限してきた。

本件は現行著作権法が定める2つの制限に関係している。第1に、著作者が作成した創作的な著作物に対する著作権による保護は、着想、手順、プロセス、方式、操作方法、概念、原理または発見には及ばない(第102条(b))。第2に、著作権者は著作権のある作品を他人がフェアユースすることを妨げることはできない(第107条)。グーグルは本件複製に対して、この2つの規定を適用するよう主張した。

フェアユースの理論は弾力的で、テクノロジーの変化を考慮に入れている。コンピューター・プログラムは常に機能的目的を果たす点で、他の多くの著作物とは異なっている。この相違ゆえにフェアユースはコンピューター・プログラムに重要な役割を果たしている。なぜならフェアユースによって、コンピューター・プログラムに与えられた著作権法上の独占が合法な範囲内に収まっているかについて、文脈にもとづいた判断が可能になるからである。

グーグルによるAPIの部分的複製がフェアユースに該当するかを判定するため、当裁判所は著作権法のフェアユース規定(第107条)が定める4要素について検討する。

筆者補足:4要素の検討については次回紹介する。

城所岩生