「ウチの会社、JTBより大きいじゃん」
そう思った方も多いのではないでしょうか。
JTBが、資本金を23億円から1億円へ減資。税法上、中小企業として「扱われる」ことになります。
JTB、1億円に減資へ 「中小企業扱い」で税負担軽減 - 日本経済新聞
JTBが資本金を現在の23億400万円から1億円に減資することが23日、わかった。税制上、中小企業とみなされることで税負担を軽くするほか、今期発生する巨額損失の補塡原資を確保する狙いがある。増資で財務を健全にする手もあるが引受先を見つけなくてはならない。減資は緊急事態宣言の影響を受けた航空や飲食業界でも相次いでいる。外...
一方、同業界3位の近畿日本ツーリスト(以下 KNT)は、逆に増資(※1)します。
KNT、400億円資本増強へ 旅行低迷、債務超過解消狙い:朝日新聞デジタル
近畿日本ツーリストを展開するKNT―CTホールディングス(HD)は、親会社の近鉄グループHDと主力の取引銀行から、合計で400億円規模の資本支援を受ける方針だ。コロナ禍で旅行の需要が低迷したあおりで…
それぞれ、逆の方向ですが、やっていることは同じ。カモフラージュです。企業規模を実体より小さく、あるいは大きく見せることです。
JTBは、資本金を減らし「小さい企業」にみせかけ、税負担を軽減する。KNTは、資本金を増やし「大きい企業」にみせかけ、上場を維持する。両社とも、カモフラージュにより、制度面で有利になります。
今回は、コロナで痛手を被った旅行業界の2社をモデルに、企業規模はどのように測るべきなのか、考察したいと思います。
資本金と純資産の違い
JTBは、1億円まで減資し節税を図ります。税法が「資本金1億円以下の法人は、中小企業」とし、優遇措置を講じているからです。
“資本金”とは、設立時に株主が出資したお金です。企業規模が「大きいか」「小さいか」の目安となります。似た意味で「純資産」という言葉があります。“資本金”は「純資産」の一部です。
利益が出ると、その利益額を、同じ「純資産」の一部である“剰余金”に貯めこみます。よって、利益が出ると「純資産」は増加します。
「純資産」も、企業規模が「大きいか」「小さいか」の目安となります。ただし、設立時ではなく、現時点の企業規模を示していることになります。
減資で何が減るのか
今回、JTBが実施した減資は、「純資産」内で、“資本金”から”剰余金”へお金を移しただけです。“資本金”が減り、その分“剰余金”が増える。「純資産」の合計額は変わりせん。
つまり、全体としては、なにも減っていない。企業規模は変わらないのです。
減資後も純資産は変わらない(筆者作成 数値は理解促進のため一部変更)
JTBの「純資産」は、1,572億円(2020年3月時点)。潤沢です。
一方、中小企業の3割は、「純資産」がマイナス。会社の全財産よりも借金が多い、債務超過です。困窮している状態、と言えます。
財務基盤が脆弱な中小企業のため、様々な施策が実施されています。上述の、税負担軽減策もその一つです。
潤沢な純資産を持つ「大きい会社」JTBが、実体を変えることなく、中小企業すなわち「小さい会社」を装い、税負担軽減策の恩恵を受ける。これが、今回の減資の目的です。
増資で何が増えるのか
近畿日本ツーリスト(KNT)の財務状況は、JTBより深刻です。債務超過なのです。
東京証券取引所は、「債務超過が2年で解消できない場合、上場廃止」(※2)といったルールを設けています。KNTが、上場維持するには、早急に債務超過を解消する必要があります。
増資はそのためのものです。
普通株式の希薄化が発生しない「社債型優先株式」による第三者割当増資による資金調達を実施し債務超過の解消を図ります。
債務超過解消に向けた計画について 令和3年5月12日(KNT-CTホールディングス株式会社)
特徴的なのは、発行する株式が「社債型優先株式」である、ということです。
「社債」型優先「株式」という名称に、やや違和感を感じるのではないでしょうか。株式は、資本金です。返す必要はありません。一方、社債は、負債つまり借金です。返す必要があります。社債型優先株式とは、「返す必要のある資本金」ということになります(※3)。つまり、「資本」ではなく、「負債」が増えた、とも言えるのです。
KNTの資本構成が、脆弱であることに変わりはありません。実質的に「債務超過」が続くKNTが、資本を「大きく」見せ、上場を維持する。これが、今回の増資の目的です。
新たな尺度を用いるべき
有名企業の減資が相次いでいます(※4)。原因は、
「企業規模の尺度として『資本金』を使っていること」
です。
実体は「大きい企業」なのに、減資して小さく見せる。一方、KNTのように、実体は「小さくなってしまった」のに、資金調達を工夫し、大きく見せる企業もあります。
コロナ禍で、経営者は、なりふり構っていられない状態です。今後、カモフラージュする企業が増えることでしょう。制度を改善し対応する必要があります。
どういった企業が中小企業に該当するか。どのような企業が上場に値するか。単純すぎた尺度を、見直す時期が来ているのではないでしょうか。
【参考・備考】
本稿の数値、勘定科目等は、簡略化しています。
※1 KNTの増資
増資後、減資を行い(剰余金等と相殺)、債務超過を解消するものと思われる。
※2 社債型優先株式
株式であるため会社が破産・倒産した場合には、原則として払込額は返還されない。
社債型優先株式を発行する理由を「社債だと、負債が増えてしまい、自己資本比率が低下してしまうから」とする企業が少なくない。自己資本比率は、純資産を総資産(純資産+「負債」)で割ったもの。負債が増えると、数値が悪化してしまう。これを回避するため、資本金として扱われる「社債型優先株式」を使うことがある。
※3 上場廃止
通常は、債務超過を1年で解消できない場合は上場廃止となるが、コロナが原因の債務超過については2年の猶予を与えている。
東証、上場廃止基準を緩和 「新型コロナで債務超過」に2年の猶予 (サンケイビズ)
※4 減資の急増
帝国データバンクの調査によると、昨年減資を発表した上場企業は86社で前年の46社から急増した。
1億円に減資、中小企業化 税制上有利、収益悪化で相次ぐ:朝日新聞デジタル