「バイデンが上手くやった」、これが21日の米韓首脳会議に関して米国務省が公表した4通のブリーフィングを読んでの筆者の感想だ。その4通とは「米韓パートナーシップ」と題された文書、「共同声明」、「記者会見での発言」、そして「会談前の発言」。
今回、文が得たものは「マスクなし・握手付きの面談」、「ハンバーガーでない会食」、「軍人55万人分のワクチン」、「ワクチンの委託生産」、「ワクチンパートナーシップ」、「朝鮮戦争ベテランの勲章授与式列席」、「ミサイルガイドライン終了」、「朝鮮半島の完全な非核化へのコミット」、「板門店・シンガポール両宣言に基づく北との外交と対話」、「北への人道支援促進」、「米韓相互防衛条約の下での韓国防衛相互コミット」、「宇宙やデジタルなどでのサプライチェーン育成協力」、「海外原子力市場での協力」など。
他方、バイデンは「サムソンなど大手企業による250億ドルを超える対米投資」と「北に対処するための米韓日三国協力の根本的な重要性の強調」などを得た。数は少ないものの、バイデンが文に与えたものに、それによってバイデン流をトランプ流と差別化できる事項や、文にとって余り意味はないがバイデンのメリットになる事項がいくつかある。
バイデン流の最たるものは「板門店・シンガポール両宣言に基づく北との外交と対話」か。加えて「朝鮮半島の非核化」と表現されたことや、公式文書4通の数万字の中に「制裁」の語がない代わりに、「北への人道支援促進」があることも、トランプ流とは違うバイデン流の「軟弱」が現れていて、文は内心快哉を叫んでいるのではあるまいか。
だが朝鮮戦争のベテラン、パケット氏の名誉勲章授与式に参列させたのは、バイデンによる文の従北への警告だ。知ってか知らずか文は、バイデンに倣い慌ててベテランに跪いた。中央日報はそれを文の「瞬発力」と書くがむしろ浅薄で、そんなだからハリスに握手した手をズボンで拭われる。また記者会見での、「女性記者はいないのですか?」との俄かフェミぶりも浅ましい。
「米韓ワクチンパートナーシップ」とは「米韓は強みを活かし、安全で効果が実証されたワクチンの製造拡大に協力して取り組む」ことだ。が、これが先にバイデンが述べた「ワクチンの特許放棄」と関係するのか、或いは韓国企業とモデルナ社との委託生産契約に止まるのか、文は「全世界的なワクチン供給不足を解消し、人類の日常への回復を早める」と期待を述べるが、判然としない。
筆者は、トランプのOWSで開発された技術が低率の技術料で力のある外国企業にライセンスされることを歓迎する。が、委託生産とライセンスとは全く違う。前者は、委託先が委託元の要請する質と量とを請負で製造し、委託元が販売するのに対し、後者は、契約内容にも依るが生産量や販売先、販売価格などは受け手の裁量で決めるからだ。
よって、受託生産で終わってしまうなら文の期待は糠喜びになる。また韓国軍人55万人へのワクチン供給も、半分は在韓米軍への感染防止目的、残り半分は一朝事ある秋に同盟相手に感染者が出ては敵わないとのバイデンの懸念からで、文が手放しで喜ぶものでもなかろう。
また「米韓日三国協力の根本的な重要性を強調」するとの一文が、北への対処の文脈でしか述べられていないのは不満だ。現下の国際情勢に鑑みれば、中国をも念頭に置かねばなるまい。後の文節で「自由で開かれたインド太平洋に対する米国のビジョンを一致させるために努力し、安全で繁栄した躍動する地域を作るために両国が協力することに同意」するとあるが、4文書の中で「中国」の語は、次のような記者との応答で2度出てくるに過ぎない体たらくだ。
記者:文大統領に質問してもいいですか。2人が舞台裏で台湾に何らかの保証を提供したかどうか、そしてバイデン大統領が、台湾に対する中国の姿勢に関して、より厳しい姿勢をとるように促したかどうか、私は興味があります。
バイデン:頑張ってください(笑)。
文:まあ、幸いなことに、そのような圧力はなかったです。が、台湾海峡の平和と安定については、特に中国と台湾の特徴を考慮して、その地域がいかに重要であるかについて合意しました。今後、この問題についてより緊密に取り組むことにしました。
元より韓国が、台湾に関して何かできると筆者は思わない。が、バイデンが「Good luck」と笑いながら言うのを聞き、筆者はカッと来た。折しも懸念していたコロナ蔓延の兆しが出始めた台湾は、WHAへのオブ参加をまたも中国に阻まれた。トランプが脱退して圧力をかけたWHOに、就任するや復帰したバイデンのどこが人権重視か、これが彼の本性だろう。
米韓の「海外の原子力市場における協力」も日本がしてやられたと感じる。日本の46%のCO2削減目標を、筆者は「原発新設の別の形での表現」と考えているから、世界に冠たる原発技術を持つ日本を差し置いて韓国と組まれるとは日本の名折れだ。菅総理はこの件だけで再度訪米する価値があると思う。
さて、筆者は文の訪米前に「南北朝鮮を操る中国が差配する米韓首脳会談の対北政策」と題し投稿した。果たして結果は以上の通りで、公式文書に「中国」や「北の制裁」の一語もなく、対北政策は「外交と対話」で「朝鮮半島の非核化」を目標に進められる。
バイデンは見返りに「250億ドル超の対米投資」を得たが、韓国紙には「胸が痛んだ。韓国の青年が切なく追いかけた『夢の雇用』数千件、数万件が吹き飛んだという自己恥辱感のせいだ」とのコラムが載った。韓国青年の失業は42万人を超える
最後に中国の反応だが、それは台湾と北朝鮮、そして対米投資に対してのみ。21日の環球時報社説は台湾に触れ、「台湾問題のような中国の中核的利益を巡って米国のためにドラムを叩くことは、韓国の国益と一致しない」と、総じてこの会談を問題にしていない。
北朝鮮について同社説は、「議題の最上位に違いないが、バイデンは頭の中が『中国』で一杯なので、これについては少々ぼんやりしている。ソウルは、ワシントンと平壌の間で平和を促進する努力をどう実行するか悩まされるだろう」と両国を揶揄する。
対米投資では、「サムスンは第二のロッテになる可能性がある」、「中国市場は韓国企業にとって魅力的なので、中韓半導体企業の完全なデカップリングは成功しない」、「米国は中国のハイエンド技術の台頭抑制を考えているから、中国が完成品を購入するならノーと言わないだろう」などと別記事で、識者に語らせている。
中国は「ミサイルガイドラインの終了」にも無反応だ。これは79年当時、米国がミサイル技術提供の見返りに韓国に課した制限で、この終了により韓国は射程800km以上のミサイル開発を行える。中国と北にとってはTHAAD並みに気に食わないはずだが、文の腹を読んでいるのだろう。
最後は文が会談前のスピーチで、「国民は、我々の外交関係のこの恥の日の139周年を聞いて喜んでいると信じる」と述べたこと。1882年の米朝修好通商条約締結ことか。高宗がこの条約を清に相談し、猛烈な反対にあったが、これを恥というなら、この米韓会談が中国への意趣返しの意味になる。が、文はそこまで考えて発言したのだろうか。ましてバイデンには何のことか判るまい。