コロナの対策から見えてくる各国政府のイデオロギー

ドイツの哲学者のカール・ヤスパース Karl Jaspers は、打開困難な【限界状況 limit situation】にあるとき、人は【実存 existentia】に覚醒すると主張しました。この見地に立てば、コロナ禍における政治・経済に対する意見の表明は、各自の政治的・経済的なイデオロギーを顕在化させたものと言えます。この記事では、コロナ対策において各国政府がどのような政治的・経済的指向を示したのかマクロに見ていきたいと思います。

政治統制

政治統制の強さは国家のイデオロギーを示す一つの尺度となります。コロナ禍における政治統制の強さを表す一つの指標としては、オックスフォード大学の研究グループ(OxCGRT)がオンラインサイトの[Our World in Data]で公開している【厳格度指数 Stringency Index】があります。

この指数は、学校閉鎖・職場閉鎖・公共イヴェント開催制限・集会制限・公共交通運行制限・外出制限・注意喚起・国内移動制限・海外渡航制限といった項目を評点化(0〜100)したものであり、大きな値をとるほど政治統制が強いと考えられます。この値は各国ごとにデイリーに算定され、空間データおよび時系列データとして公表されています(図-1)。

図-1 Stringency Indexの空間分布データと時系列データ

経済対策

経済対策の程度も国家のイデオロギーを示す一つの尺度となります。コロナ禍においては、IMFが各国の[コロナ対策への財政支出]を算定しています。最新のデータは2021年3月17日時点のものです(図-2)。

図-2 コロナ禍における各国の財政支出(2020年GDP比)

コロナ対策に見られる各国政府のイデオロギー

ここで、各国の政治統制と経済対策の程度をそれぞれ1つの量で代表させて2軸にプロットすることを試みます。

まず、政治統制については、Stringency Indexの2020年1月21日〜2021年3月17日までの平均値を各国で求めて代表させます。一方、経済対策については、IMFの2021年3月17日時点でのコロナ対策への財政支出(Additional spending or foregone revenuesとLiquidity supportの合計値)を同時点までのコロナ死者数で割り、コロナ死者1人あたりに対する財政支出の値を求めて代表させます(表-1)。これは命に関わる各国の【Willingness To Pay: WTP 支払意思額】の一次近似を試みたものです。

表-1 各国のコロナ対策における政治統制と経済対策の指標値

当然のことながら、時系列において、Stringency Indexも財政支出もコロナ死者数も一様ではありませんが、あくまでもマクロな傾向を評価する値として採用したものです。ここで両者のプロットを図-3に示します。

図-3 各国の政治統制と経済対策の指標値の関係

図-3において縦軸は政治統制の強さを示すものです。一方、横軸は経済対策の程度を示すものですが、これは論理的には富の再分配の程度を表しており、立場を変えれば経済統制の強さを示しています。つまり図-3は、よく用いられる【ノーラン・チャート Nolan chart】のように国家のイデオロギーを表すチャートとしても利用できるのです。

図-3には世界平均の値も同時にプロットしており、この値を基準にデータの範囲を4つのバックカラーで区分しています。すなわち、この区分の意味するところは、それぞれ、上左が【全体主義(権威主義) totalitarianism】、上右が【保守主義 conservatism】、左下が【リベラル liberalism】、右下が【リバタリアン libertarianism】といった国家体制です。この図からは次のような傾向が読み取れます。

  • 日本の対策は典型的なリベラル的性向を示している。
  • 欧米諸国の対策は中道的であり、やや政治統制・経済対策が強い傾向を示している。
  • 中国の対策は典型的な全体主義的性向を示している。
  • 韓国の政治的統制は強いとも弱いとも言えず、経済対策は強い。
  • インド・ブラジル・ロシアといった新興国の経済対策は弱い。
  • アイスランドの対策はリバタリアン的性向を示している。

インド・ブラジル・ロシアといった新興国の経済対策が手薄なのは死者数が多いことに起因している可能性がありますが、そのGDPに対するコロナ対策費の割合も世界平均より低いことから、「小さな政府」という様相を呈している可能性が高いものと考えられます。なかでも意外なのは、かつての共産国ロシアであり、政治的統制も高くなく、リバタリアンの位置にいます。

図-4 各国GDPと経済対策額の関係

一方、死者数が少ない中国や韓国のコロナ対策費は、死者数の観点では多いと言えますが、GDPの観点では必ずしも多いとは言えません。いずれにしても中国の政治統制の強さは主要国で最高であり、一党独裁の全体主義国たる「極めて大きな政府」の様相を呈しています。

先進国の欧米は、政治統制とコロナ対策費が世界平均をいずれもそこそこ超えていて、「やや大きめな政府」の様相を呈しています。緊急時の国家セキュリティの確保という観点で教科書的な振る舞いとも言えるかと思います。

日本は、今回も世界で孤高の境地を見せ(笑)、政治統制が極めて弱くコロナ対策費が極めて多い「極めてリベラルな政府」の様相を呈しています。良く言えば「危機においても自由が確保された手厚い福祉国」、悪く言えば「何もしないで金だけ使う国」です。いずれにしても、日本政府が国民に課した比較的強い制限と言えば、マスメディアに扇動されて集団パニックを起こした国民に迫られて仕方なく宣言するに至った3回の緊急事態です。まったく効果が見出されていないこの宣言さえなければ、経済活動へのダメージは少なく、よく効果的な経済対策が可能であったものと考えます。

最後に、アイスランドのコロナ死者数は日本のコロナ死者数の半分以上にのぼりますが、対策費はなんと1000分の1です。政治統制も弱く、「極めて小さな政府」の様相を呈しています。

日本の自称リベラル勢力の正体

さて、日本のコロナ対策の中心にいたのは、リベラルを自称する日本のマスメディア・野党・活動家から「独裁政治家」と罵られてきた安倍晋三首相と菅義偉首相です。しかしながら、データから客観的に評価する限り、安倍首相と菅首相が行ってきたコロナ対策は独裁とは正反対に位置する世界最強のバリバリのリベラル政策でした。両首相は暴走するどころか、私権制限に極めて慎重であったのです。

一方、リベラルを自称する日本のマスメディア・野党・活動家が提案するコロナ対策は、世界で南半球の隔絶された小国であるニュージーランドでしか実現できていない、そして実現する必要もない「ゼロコロナ政策」です。これこそ、強力な私権制限を前提とする過激な政策に他なりません。日本政府の典型的なリベラル政策を罵ってゼロコロナを強要する彼らは、リベラルを自称する過激な全体主義者なのです。

日本がゼロコロナを実現するためには、国民全員が厳しいロックダウンを長期間続けた上で繰り返しPCR検査を行うという中国を超える厳しい政治統制が必要であり、その引きこもり状態で生活を続けるにはさらなる経済対策が必要となります。さらには世界からコロナが消滅するまで鎖国を続けなければならないことになります。すなわち、ゼロコロナ実現には、国を超える過激な全体主義的な政治・経済統制が必要になるのです。しかも、ゼロコロナ政策は、それまでゼロコロナを実現していた台湾の感染増大の事例から非常に脆弱であることが判明しました。どんなに費用と労力をかけてゼロコロナを達成しても一瞬でその状態は崩壊してしまうのです。

現在もなお、立憲民主党の枝野幸男代表や蓮舫代表代行はゼロコロナを主張しており、日本政府のコロナ対策を「ワクチン頼みである」として非難しています。そもそも、原発を強制的に停止するなど政治的暴走を繰り返した民主党政権の執行部が現在も指揮を執り、政治的・経済的多様性を全く認めない立憲民主党は、バリバリの全体主義政党です。彼らは、強権的な政治統制を推進する存在であることを隠して、文化統制を破壊する(伝統的文化スタイルを徹底的に廃止する)存在であることをアピールすることで、あたかもリベラルであるかのように装っているに過ぎません。

このような全体主義指向はリベラルを標榜するマスメディアや活動家にも共通することです。例えば、テレビ朝日『モーニングショー』の玉川徹氏は番組を通して「家にいろ」と視聴者を命令したり、ゼロコロナのプロパガンダを今でも繰り返し主張しています。この全体主義を正当化するインフォデミックこそ、日本社会から経済活動を理不尽に奪い、経済的負担を増大させている元凶とも言えます。

なお、ポピュリストの小池百合子東京都知事の政策も全体主義的です。コロナ禍で小池都知事が行ってきたことといえば、「オーバーシュート」「ロックダウン」「ステイホーム」「東京アラート」などの横文字を駆使した政治統制の強化と税金の無駄遣いです。小池都知事はなんと9000億円もあった東京都の財政調整基金をコロナ対策で一瞬のうちに使い果たしてしまいました。本来、ノーラン・チャートにおいて、政治的統制と経済的統制を強める政治思想は、全体主義ではなく【ポピュリズム populism】と説明されていました。小池都知事のような強力なポピュリストが暴走して政治・経済統制を強めるポピュリズムと全体主義とは表裏一体なのです。

限界状況であるコロナ禍は、個人や集団の行動から虚像と実像の違いを見極めるチャンスとも言えます。事実に基づくコペルニクス的転回こそ、現状維持バイアスに甘んじる現在の日本にとって最も必要なブレイクスルーになるものと考えます。


編集部より:この記事は「マスメディア報道のメソドロジー」2021年5月29日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方はマスメディア報道のメソドロジーをご覧ください。