EU「中国からインドにシフト」

欧州連合(EU)の欧州議会は5月20日、中国との間で昨年12月に合意した投資協定の批准作業を凍結する動議を採択した。それに先立ち、EUは5月8日、インドとの首脳会談(オンライン形式)で自由貿易協定(FTA)交渉の再開で一致したというニュースが流れてきた。

中国との投資協定の批准凍結を決めた欧州議会の全景(欧州議会公式サイトから)

EUは昨年12月、中国との間で投資協定(暫定)で合意したが、EUは今年3月、中国の新疆ウイグル自治区での人権弾圧に抗議し、対中制裁を実施することを決めた。中国の4個人と1団体に対する、EUへの渡航禁止や資産凍結といった制裁だ。EUの対中制裁は1989年の天安門事件以来だ。

それに対し、中国は報復制裁を実施し、人権問題を糾弾する欧州議員へ制裁を実施した。欧州議会の今回の動議は、中国側が対EU制裁を解除しない限り、批准作業を凍結するという内容が明記されている。

EU加盟国の中には中国の経済活動に不信感を排除できない国が少なくない。中国はEUにとって米国に次いで2番目の通商相手国だったが、昨年はついに米国を抜いて第1の貿易相手国となった。中国から欧州市場に落とされる投資の半分以上は中国国営企業からのものだ。彼らは戦略的に重要な分野に巨額の資金を投入する。例えば、インフラ分野だが、中国の投資内容には不透明なものが多く、その全容が掴めない。中国はEU市場に積極的に進出する一方、欧州の企業は中国共産党政権の強権政治の下、様々な障害があって自由な投資が出来ない、といった不満の声が絶えなかった。そのため、投資協定の合意まで紆余曲折があったわけだ。

EUは、中国が久しく要求してきた市場経済ステータスの承認を拒否するなど、中国を「パートナーであると同時に、体制的ライバル(systemicrival)」と位置付けてきた。同時に、中国企業の直接投資(FDI)に対するスクリーニング制度の導入など、中国の投資への警戒心は欧州で広がっている。

そしてEUは今年に入り、「投資協定の批准」と「中国の人権改善」をリンクさせる政策を取り出し、3月に中国の新疆ウイグル自治区での人権弾圧に抗議し、対中制裁を決めたわけだ。それだけではない。中東欧加盟国など17カ国と中国との間の協力枠組み「17+1」もリトアニアの脱退で結束が崩れるなど、EUと中国の関係は急速に険悪化してきた。

習近平主席は今年1月25日、スイスのシンクタンク「世界経済フォーラム」(WEF、通称ダボス会議)主催のオンライ会合で、「世界経済が戦後最大の危機に対峙している。そのような時であるから世界は相手に対する偏見を捨て、相互尊敬し、助けることが一層大切となる」と指摘し、「一国中心ではなく、多国主義で相互協調することが求められる」と語り、「一国だけが利益を得るやり方は中国の哲学ではない」と強調した。フェアな競争というわけだ。

中国共産党政権は過去、国際社会からの人権弾圧、宗教弾圧の批判に対しては「内政干渉だ」と一蹴してきた。王毅外相は今年2月の国連人権理事会(UNHRC)第46回会議でウイグル自治区の人権弾圧批判に対し、「人権とはまず経済発展と安保の観点から考えるべきで、民主主義と自由に焦点を合わせるのは最後である」と説明している。換言すれば、「国が安定し、国民が3食を堪能できるまでは個々の国民の人権(自由)は後回し」ということになる。これは、軍事大国、宇宙開発国を自任する中国が「人権」分野では途上国レベルに留まると表明したことになる(「中国は人権問題で『後進国』自認?」2021年3月21日参考)。EUが中国の人権問題を経済活動にリンクする限り、EU・中国間の投資協定の批准が遅れるのは必至だ。

そこで浮かび上がってきたのはインドだ。EUにとってインドとの包括的貿易交渉では人権問題といったハードルはない。インド側にとってもインド洋、南アジア海域で覇権を伸ばす中国と対抗するという戦略的意味もあって欧米諸国との連携が不可欠となってきたのだ。

EUは4月19日の閣僚理事会で、「インド太平洋での協力に向けた戦略」に関する文書を採択し、「中国重視路線」から「インド太平洋」へ重点をシフトする内容を表明した。それを受けて5月8日に開催されたEU・インド首脳会談にはポルトガルのポルトに会合した加盟27カ国の元首・首相、シャルル・ミシェル欧州理事会議長およびウルズラ・フォン・デア・ライエン欧州委員会委員長が参加。インド側は、ナレンドラ・モディ首相がオンライン形式で参加した。会談終了時に包括的な共同声明が採択された。

共同声明では「民主主義、自由、法の支配および人権の尊重という共有された価値で支えられているEUとインドの間の戦略的パートナーシップを強化した。首脳たちは、自由貿易協定締結に向けた交渉を再開し、2つの追加的貿易協定の締結に向けた交渉を開始することで合意した。また、新たな連結性(コネクティビティ)に関するパートナーシップを発足させた」と述べている。

習近平主席が2012年に提唱した巨大な経済構想「一帯一路」で中国とパキスタンが連携を深めていることを警戒し、EUとインドは首脳会談では、エネルギー、デジタル、輸送などの分野で共同インフラ事業を推進するパートナーシップ文書を締結している。これは明らかに中国の「一帯一路」への対抗が狙いだ。

EUとインドは2007年から13年までFTA交渉を行ったが、「貿易障壁の削減や特許保護、データ管理、専門職に従事するインド人の欧州での労働問題などで対立」(ロイター通信)し、その結果、交渉はこれまで凍結された経緯がある。しかし、今回は経済的問題だけではなく、政治・軍事的な意味合いが加わってきただけに、双方の連携への意思は強い。中国の覇権的プレゼンスがEUとインドの結束を後押ししているわけだ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2021年6月3日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。