”ベトナムで感染力が強い新しい変異ウイルスが見つかった、と伝えられました。インド型とイギリス型の両方の特徴をあわせもっているということですが、・・・”
この報道を見た人の多くの人がこう思っただろう。
「ベトナムで見つかった新型コロナウイルスが危ない!」
「イギリス(アルファ)型もインド(ベータ)型も危険なのに、両方を併せ持つ「ラスボス」が現れた」、と。
しかしこの報道にはおかしい点がいくつもある。そして多くの誤解を生んでいる。
3つのおかしい点
①「変異株」と「変異ウイルス」の微妙な違いを放置
ベトナム変異ウイルス報道の記事、映像を見ているとこれらの言葉への解説は特に無い。「変異株」「変異ウイルス」、これらを同じものの言い方を変えているだけに映る。
しかし「変異株」は広義的には「変異ウイルス」と同じだが、②で説明するような分類された特定の影響を及ぼすものを指す狭義の意味もある。要は一緒に使うとややこしいのだ。にも関わらず上述の記事は混用してしまっている。
タイトル:「ラスボスか」ベトナムで発見の変異株とは
本文:ベトナムで感染力が強い新しい変異ウイルスが…
②「〇〇型」の解説、説明が全く無い
厚生労働省の資料にはこうある。
”一般的にウイルスは増殖や感染を繰り返す中で少しずつ変異していくものであり、新型
コロナウイルスも約2週間で一箇所程度の速度で変異していると考えられている。
国立感染症研究所は、こうした変異をリスク分析し、その評価に応じて、変異株を「懸念される変異株(VOC)」と「注目すべき変異株(VOI)」に分類※1している。
※1 国立感染症研究所では、WHOと同様に、変異株をVOCとVOIに分類している。”
(本文引用、筆者強調)
つまりウイルスが変異したものが「変異ウイルス」そして広義の「変異株」、その中でも「懸念される変異株(VOC)」と「注目すべき変異株(VOI)」に分類されるものの総称が狭義の「変異株」、そして「〇〇型」は「懸念される変異株(VOC)」の名称。だがその説明はどこにも無い。
「変異株」「変異ウイルス」「〇〇型」が明確に区別されず、混同され、更に誤解を産んでしまっている。
参考:新型コロナウイルス感染症(変異株)への対応(厚生労働省)
③「〇〇型」と「変異ウイルス」を同列に扱う
前述の資料冒頭にある通り、ウイルスは変異し続けている。これまでのコロナ禍を考えれば変異した数は膨大になる。しかし「〇〇型」と呼ばれる「懸念される変異株(VOC)」とされているのはこれまでたったの4つ。
いくら両方の特徴を合わせもち、感染力が強い可能性が示唆されているとはいえ、「変異ウイルス」と「懸念される変異株(VOC)」を同列に扱うような報道になっているのは正確性に欠けている。
上記3点を見て皆さんはどう思うだろうか。
速報記事を見て、一般の方々が誤解をしてしまうのであればこの情報化時代、しかたがない部分もあるだろう。「ラスボス」発言の大元である乙武氏のこのツイートを私は責めるつもりは全くない。ニュースを受け取る側にここまで気付けというのは筋違いだと筆者は考える。
おいおい、ラスボス登場かよ。
インド型と英国型のハイブリッド変異株、ベトナムで発見 | Article [AMP] | Reuters https://t.co/ZGfgLzXqD4
— 乙武 洋匡 (@h_ototake) May 29, 2021
だが現地報道から4、5日経った後、しかもマスメディアが専門家に取材をした上でこの報じ方をしてしまう事はとても残念でしかたがない。各社の報道を全てチェックした訳ではないが、上述したようなおかしい報道が数多く見つかる。
参考:政府、ベトナム変異株を警戒 緊急事態、延長期間入り 新型コロナ(時事通信 2021年6月1日)
ベトナムに対する誤解だけが残る
結局ベトナムの変異ウイルスに対してWHOは「ベータ(インド)型の変異ウイルスだ。」と、ハイブリッド変異株では無い、つまり「ラスボス」のようなとものではないとコメントしている。しかし感染力が強く、危険であることには変わりない。報道が間違っていたとして訂正が必要な程度でも無く、新しい発見やリスクではない。今後は特に話題になることもないだろう。
参考:ベトナム変異、混合型の見方否定 WHO専門家 (産経Biz 2021年6月4日)
ただ「ベトナム変異ウイルスが危険。ラスボスだ。」という誤解はそのまま残る。その尻拭いをするのは在日ベトナム人や在ベトナム日本人をはじめとした多くの関係者だ。
この記事が正しい認識をしてもらう為の説得材料になる事を祈るばかりである。
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北村 泰
ベトナム語通訳・移民教育行政アナリスト。日本語ベトナム語バイリンガル、横浜国立大学中退。イデオロギーの戦いに終始する外国人を取り巻く議論と一線を画し、現制度の問題点と今後のあり方を発信。日橋塾代表。