「貧乏人はバカ」ではなく「貧乏」が人を愚か者にする

黒坂 岳央

黒坂岳央(くろさか たけを)です。

センセーショナルで、どことなく情報商材屋の煽り文句のようなタイトルに驚き、思わずクリックした読者もいるかもしれない。閲覧を誘引する感覚に陥った読者には恐縮だが、これは真実である。筆者の個人的な意見ではなく、ハーバード大学の行動経済学の研究者が示した結果なのだ。

anyaberkut/iStock

本稿の概要を端的にいえば、「お金がない人は必ずしも愚か者とは限らないが、お金がなくなってしまうと多くの人は愚かな思考や行動に走る」である。つまり「貧しいが心や行いが清いこと」という意味を示すとされる「清貧」は学術的に誤りということだ(もちろん、どんなものでも例外はある。100%そうとは言わない)。

本稿は愚か者をバカにするためではなく、愚か者に陥らないための「人生生存戦略」を示す意図で書かれた。

ハーバード大学の研究が示す、驚きの結果

少々、古い記事で恐縮だが、米・ロサンゼルス・タイムズにハーバード大学の行動経済学研究者のSendhil Mullainathan氏による驚きの結果が掲載された。

There’s a widespread tendency to assume that poor people don’t have money because they are lazy, unmotivated or just not that sharp
(貧しい人がお金を持っていないのは、怠けているから、やる気がないから、あるいは単に頭が良くないからだと思う広く共有された認識があります)

と述べつつ、「だが、実際には貧乏が人を愚か者に変えている」と主張した。

つまり、手元のキャッシュに余裕がない状況で、食事や家賃などの支払いに追われ続けることで、「お金の工面」にマインドシェアが奪われてしまうというのだ。結果として、その人物が生まれつき持っているインテリジェンスや性格に関わらず、本来持っている能力が正常に働かなくなるという。

資金不足によって長期的展望や、冷静な判断が要求されるような局面でも、正しい判断ができなくなるというのだ。同氏はこの状況を「バックグラウンドで強い負荷をかけるコンピューター」にたとえた。

Almost like a computer that has some other process running the background
(バックグラウンドで他のプロセスを実行しているコンピュータのようなもの)

資金に余裕がなくなると、資金繰りばかりにマインドシェアが奪われてしまい、クリエイティブな作業や長期的展望が失われてしまう。だからこそ、最初に手元の資金や生活の安定性は、絶対的に必要となるのだ。

余裕がなくなると人は愚かな行動を取る

筆者自身がこの体験をしたので、ハーバード大学の研究結果にはぽんと膝を打つ想いをした。

大学を卒業し、就活をするタイミングでリーマンショックに見舞われた。そのために就活戦線はまさしく、戦後の焼け野原のような状況となってしまい、非常に苦戦を強いられた。上京して就活をしたのだが、進退維谷まるとは、まさにこのこと。筆者は南千住のドヤ街にある日雇い労働者や、外国人バックパッカーが泊まる宿に身を置き、就活に励んでいた。当時は、玄米と大豆を発芽させ、ごま塩を降っただけの食事に加えて、一日バナナ1本という具合である。

栄養状態は悪くなかったが、上京前にバイトで作った資金が底を尽きかけていた。就活前は「絶対に就職先は妥協せず、自分のスキルや能力を最大限活かせるところを探すまで頑張ろう」と思っていた。だが、宿代が払えなくなる寸前まで追い詰められたことで、「即日働かせてくれるところなら、もうどこでもいい」とまで考え、コンビニの無料バイト誌をくまなくチェックして、食いつなぐために日雇いバイトも本気で考えた。資金的合理性を考えると、宿代を払い続けるより安いマンションを借りた方が安上がりだ。だが、日々の就活とまとまった資金がなく、そのまま割高な宿代を払い続けることを選んでしまった。

最終的には、資金が尽きる前に拾ってくれる企業を見つけることができたが、この体験からも「お金がなくなると、前向きに考えたり、合理的に行動できなくなる」は間違いないと感じる。一度、貧しさに突き落とされてしまうと、愚かな行動をとってしまう。結果として、愚かな結果が待ち受けており、ますます貧しくなるという負のスパイラルに陥ってしまうのだ。

人は資金的余裕がないと、愚かになる。筆者はハーバード大学の研究結果を見て、その答え合わせをした心持ちになった。

まともな思考に貯金は必要

この負のスパイラルを抜け出すために必要なこと、それは「貯金」である。

筆者もかつては厳しい状況に置かれたが、正社員の職を得たことで息を吹き返したように感じた。家賃5万円程度の安いマンションに引っ越しをした。食費も切り詰めていたことで貯金が増え、少しずつ気持ちに余裕が生まれた。「常にお金の心配をしなくてもいい」という状況は、これほどまでに人に安らぎを与えるものかと驚いた。

「さらに勉強をしてスキルアップをしたい」

「ビジネスを起業して、自分がやりたいことを追求したい」

といった長期的な人生戦略を考えるようになったのも、貯金ができた後のことだ。人に夢と希望を与えるのは、誰かのありがたい言葉ではなく、手元のお金である。

お断りをしておくと、筆者は「とにかく貯金せよ」などと言っているつもりはない。ここでいう貯金とはあくまで「最低限の貯金」という意味である。若い頃は節約を重ねてインデックス投資をしてまで、貯金ばかり考えるより体験や自己投資にお金を使うべきだと考えている。ある程度、年齢を重ねて資金に余裕があれば、ひたすら貯金するのではなく、インフレヘッジにつながる資産運用も資金効率が良いのも分かっている。「とにかく日本円建てのキャッシュリッチを目指そう」などと暴論を言っているわけではない。だが、脳内から資金繰りを追い出す程度の貯金は絶対的に必要だ。

精神的な余裕がないという状態は、元々の能力や才能に関わらず、すべての人を愚かにしてしまう。負のスパイラルから抜け出すためにも、まずは手元に最低限の資金を作ることは、極めて重要なのだ。

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ビジネスジャーナリスト
シカゴの大学へ留学し会計学を学ぶ。大学卒業後、ブルームバーグLP、セブン&アイ、コカ・コーラボトラーズジャパン勤務を経て独立。フルーツギフトのビジネスに乗り出し、「高級フルーツギフト水菓子 肥後庵」を運営。経営者や医師などエグゼクティブの顧客にも利用されている。本業の傍ら、ビジネスジャーナリストとしても情報発信中。