政策提言委員・元公安調査庁金沢事務所長 藤谷 昌敏
ハンガリーの首都ブダペストで6月5日、中国の名門大学復旦大学(Fudan University)のキャンパス建設計画に反対するデモ行進が行われ、約1万人が参加した。キャンパス建設計画は、オルバン・ビクトル(Orban Viktor)政権が推進するもので、2024年までに完成予定だ。
ハンガリー政府と復旦大が結んだ合意によると、同大にとって欧州初となるキャンパスの延べ床面積は50万平方メートルに及ぶ。だが、この一大プロジェクトは、欧州連合(EU)と距離を取り、中国やロシアに接近するオルバン政権の外交姿勢や対中債務の急増に対する不安をかき立てている。調査報道サイト「ディレクト36(Direkt36)」に流出した内部文書によると、建設費はハンガリーの高等教育予算1年分を上回る推計15億ユーロ(約2,000億円)で、中国はうち13億ユーロ(約1,700億円)を融資する計画だ。デモ行進の参加者が手にしたプラカードには、「復旦大はいらない! 東側ではなく西側!」と書かれたものや、中国に擦り寄っているとしてオルバン首相と与党フィデス・ハンガリー市民連盟(Fidesz)を批判するものが見られた。
この日のデモには、野党所属のカラーチョニ・ゲルゲイ・ブダペスト市長も参加した。カラーチョニ市長は、復旦大学キャンパス建設に反対するとして今月3日、市内4つの通りの名前を「自由な香港通り」「ウイグル殉教者通り」「ダライ・ラマ通り」などに変えた。ハンガリーの反政府系メディアは「復旦大学は中国スパイ養成所になるだろう」と主張している(2021年6月7日付けAFP)。
ハンガリーは、「中国・中東欧諸国会議」(17+1サミット)の主要国だ。この17+1サミットの目的は、「インフラ建設を中心とした共通プロジェクトに優先的に割り当てられる100億ドルのクレジットラインの設定」「中国の金融機関の資金へのアクセス許可」「中国との貿易額の拡大(2015年までに1,000億ドル)」などだ。中国がこのサミットを推し進める思惑は、国内における過剰生産物の輸出先とインフラ投資の確保、さらにサミット参加国を通して巨大なEUという市場に中国が自由にアクセスできることにある。
ちなみにハンガリーは、第3回サミット(2014年、ベログラード)において、ハンガリーのブダペストとセルビアのベオグラードをつなぐ総距離350キロの高速鉄道の建設プロジェクトを決定した。建設は、主に「中国中鉄株式有限公司」と「中国鉄路総公司」で、ハンガリーが中国輸出入銀行から約17.1億ドル(総工費の85%)の融資を受けることになっている。なお、このルートは、中国が運営権を取得したギリシャのピレウス港を起点として、ベオグラード、ブダペストに至るコースだ。これによりハンガリーと欧州全体をつなぐ中国の大規模貨物輸送が実現する。
イタリアに打ち込まれたEU分断の楔
中国の思惑に揺れる国はハンガリーだけではない。イタリアは、G7諸国の中で初めて中国の「一帯一路」構想に関する覚書を取り交わした国だ。
2019年3月23日、中国の習近平国家主席はイタリアのコンテ首相とローマで会談を行い、両国は「一帯一路」構想に関する覚書を締結した。この覚書により、「中国交通建設」はジェノバ西リグリア港湾ネットワーク管理局や東アドリア港湾ネットワーク管理局と提携し、イタリアの港湾事業に参画することとなった。この計画には、インフラ投資のプラットフォーム構築やジェノバ港とジェノバ市のインフラのレベルアップ、トリエステ港とモンファルコネ港の物流の改善などが盛り込まれている。
この背景には、イタリアには30万人以上の中国人移民が住んでいることがある。中でもイタリア・フィレンツェの北方17キロにあるトスカーナ州プラートには、2万人以上が生活している。元々、プラートは繊維産業で有名な地域で、小規模で手工業的な製品が高い評価を受けていた。だが1990年代に入ると、安い労働力で作られた中国製の生地が大量にイタリアに入り、2000年代にはプラートの繊維産業は、工場の閉鎖が相次いで急速に衰退した。この時プラートに大量の中国人移民が入ってきた。中国人資本家は、閉鎖された工場を買い取って中国から移民を呼び、中国製の安価な生地を使って、世界的に評価が高い「メイド・イン・イタリー」の衣類の製造に乗り出した。その後、中国人のコミュニティーは年々増加し、2019年末には、人口約20万人のプラートに約6,000社の中国系企業が生まれていた。
そうした中、2020年、イタリアで新型コロナウィルスCOVID-19が爆発的に発生した。3月12日には、中国から9人の医療専門家チームが、30トンもの医療物資を携えてイタリアに到着した。イタリアは、ドイツ、フランスなどのEU諸国に医療支援を求めたが、「自国を守ることを優先させたい」と断られていた。イタリアに中国の申し出を断ることはできなかった。
反撃するEU、日米豪印と連携
日米豪印が主導する「自由で開かれたインド太平洋」構想は、中国の「一帯一路」構想に対抗する有力な構想だ。今、この構想に英国やドイツなどのEU諸国が同調する動きを見せている。英国は、4月、最新鋭空母「クイーン・エリザベス」を中心とする空母打撃群を日本に向けて派遣した。フランスは、5月、海軍の強襲揚陸艦と陸軍部隊が九州で行われた日米仏共同訓練に初参加した。ドイツは、艦船派遣計画として、2021年8月にもフリゲート艦「バイエルン」をインド太平洋に送ると発表した。またEUも、フランスのパルリ国防相が「来年、フランスがEU議長国を務めるのに合わせて、EUのインド太平洋戦略策定を目指す」と前向きな態度を示した。さらに6月に開かれたG7サミットの宣言には、中国の「一帯一路」に対抗して、より透明性が高く、環境に配慮した途上国向けのインフラ支援の枠組みの創設などが盛り込まれた。
我が国は、こうしたEUの動きに連動して、インド洋沿岸国やアセアン諸国への経済協力、投資、貿易を拡大し、経済連携をさらに深めていくことが中国の「一帯一路」に対抗する重要な戦略となるだろう。
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藤谷 昌敏
1954年、北海道生まれ。学習院大学法学部法学科、北陸先端科学技術大学院大学先端科学技術研究科修士課程修了。法務省公安調査庁入庁(北朝鮮、中国、ロシア、国際テロ部門歴任)。同庁金沢公安調査事務所長で退官。現在、JFSS政策提言委員、合同会社OFFICE TOYA代表、TOYA未来情報研究所代表、一般社団法人経済安全保障マネジメント支援機構上席研究員。
編集部より:この記事は一般社団法人 日本戦略研究フォーラム 2021年6月21日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方は 日本戦略研究フォーラム公式サイトをご覧ください。