カーボンニュートラルの勝者は中国

池田 信夫

きのうのアゴラシンポジウムでは、カーボンニュートラルで製造業はどうなるのかを考えたが、やはり最大の焦点は自動車だった。政府の「グリーン成長戦略」では、2030年代なかばまでに新車販売の100%を電動車にすることになっているが、これはバッテリー駆動の電気自動車(EV)だけでなくハイブリッド車(HV)を含む。

EVはEUの自動車メーカー救済策

しかしEUは2030年代にHVも禁止し、バッテリー駆動のEVしか認めない方針だ。ライフサイクル全体でみるとHVのほうがCO2排出量が少ないが、EUがEVにこだわる理由は、ヨーロッパの自動車メーカーにはHVをつくる技術がないからだ。

EUの自動車メーカーは、CAFE規制(企業別平均燃費規制)をクリアするために、ガソリン車より燃費が3割ぐらいよいディーゼルエンジンを使う予定だった。

ところがフォルクスワーゲンのディーゼルゲート事件でこの戦略が破綻し、内燃機関ではCAFE規制をクリアできなくなった。とはいえHVをつくる技術はないので、簡単につくれるEVで勝負する戦略を立て、EUもそれを守るためにHVを禁止するのだ。

だからこの闘いは、当面は日本車の圧勝である。EUのベストセラーはトヨタのヤリスであり、性能でも燃費でも環境負荷でも、HVがEVを圧倒している。しかしこの優位は、いつまで続くだろうか。

EVは「高くて劣った技術」

こういう状況をみると、私は1990年代のNTTを思い出す。当時、NTTはATM交換機では世界最先端の技術をもち、それを使ったISDNで世界の先頭を走っていた。未来の通信は、ATMを使った光ファイバー通信網になる、というのが通信業界のコンセンサスだった。

そこにインターネット(TCP/IP)というあやしげな技術がやってきた。それは大学のLANをつなげただけで、その外に出ると、パケットはどこを通るかわからない。セキュリティも保証されていない。「こんなものは通信ではない」とNTTの技術者は考えて実装を拒否した。

しかしIPは圧倒的に安く、どこでもつながった。世界中でインターネットを使った通信サービスが始まり、電話網は時代遅れになった。NTTはIP over ATMという中途半端な(ハイブリッドな)技術を開発したが、NTT以外に使う通信業者はいなかった。こうしてNTTがATMにこだわっているうちに、日本はインターネットで周回遅れになってしまった。

EVがIPと違うのは、それが今のところ高くて劣った技術だということだ。インターネットは安くて劣った「破壊的イノベーション」だったので、ローエンドの(圧倒的に多い)ユーザーを獲得したが、EVは今のところ意識の高いドライバーの高価な装飾品にすぎない。国際競争力の落ちたEUの自動車メーカーは、恐れるに足りない。

中国はEVを「破壊的イノベーション」にする

しかし中国政府は、EVを大衆車として売ろうとしている。まだ価格は高いが、ライドシェアで安くなる。充電ネットワークができれば、充電時間や航続距離も問題なくなる。こうしてEVが安くて劣った技術になると、大衆に急速に普及する。

問題なのは、日本の自動車メーカーの技術力が高すぎることだ。中国にはHVはつくれないので、彼らには部品が少なくて製造しやすいEVしか選択肢がない。そして世界中がEVを大量生産すると価格が下がり、それによって急速に普及する…というネットワーク外部性が働く、というのがインターネット革命の教訓である。

インターネットと違って、バッテリーの技術進歩にはムーアの法則がなく、リチウムやコバルトという稀少金属が制約になる可能性があるが、燃費はEVのほうがいいので、ライドシェア(MaaS)が普及すれば供給制約は乗り超えられる。

シンポジウムでも話に出ていたように、カーボンニュートラルの勝者は中国である。脱炭素は製造業の覇権を日本から奪う大義名分であり、日本政府がそれに乗ってはいけない。製造業を守るためには、エネルギー価格を下げることが重要である。