「分割発注」のリスクについて

コンプライアンスの問題は企業だけではなく行政にも存在する。収賄のような露骨な刑法犯もあるが、公共契約の過程で発生するケアレスミスも一歩間違えれば深刻なコンプライアンス問題を発生させることになる(拙稿「予定価格の積算ミス:業者にとっては死活問題」参照)。

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ここでは「分割発注」に焦点を当てて論じてみたい。まずは、6日の報道を紹介することから始めよう。三重県津市が「道路や河川などの公共土木施設の少額修繕工事で不適切な事務処理があったとして、市幹部を含む職員計97人を懲戒処分や文書厳重訓告にしたと発表した」とするニュースである(毎日新聞ウェブニュース「津市職員97人を処分修繕工事、意図的に分割発注」)。具体的には以下の通りである。

市によると、2018年~19年に行った公共土木施設の修繕工事計5617件のうち、41件90カ所について、一括して発注せずに、随意契約にするために職員が予定価格が50万円以下になるよう意図的に分割発注していたという。

要するに一定額以上の公共調達については競争入札になるところ、それを避けるために意図的に分割して小さくしたというのである。一定額以上の契約において競争入札とすることは法令上の要請である。なぜそういう規定が存在するかといえば、競争入札が財源の有効利用に資すると考えられているからである。簡単にいえば、より安い調達ができるということだ。一定額未満の場合には、競争入札の実施にかかる手間暇を考えれば費用対効果上、割に合わないので、より簡便な手続である随意契約が認められるという訳である。裏を返せば一定額以上のものについては費用対効果において、競争入札が優れた方法だということだ。

ある工事を分割発注して、同種のいくつかの工事にして随意契約とすることは、競争入札の便宜を放棄する行いである。一言でいえば「高くつく」方法だ。つまり、合理性のない分割発注は無駄遣いの所業ということになる。

なぜ発注機関は分割発注するのか。一つは、意中の業者に確実に発注するためである。競争入札において意中の業者に確実に発注するためには、入札参加資格や仕様の設定や、総合評価における非価格点の仕組みを意図的に操作する必要があるが、これは手間がかかるし、排除された業者にはその意図が気付かれてしまう可能が高い。一方、いわゆる特命随意契約ならば、その理由が立てばそれほど追及されることはない。特にいわゆる「少額随意契約」の場合は、「何故その業者にしたのか」についての説明責任は、そうでない随意契約の場合よりもはるかに甘いものがある。

もう一つが、随意契約の手間をかけたくないという行政側の負担軽減の要請である。発注機関の担当者が、随意契約が可能な額を少し超えるだけの契約に競争入札を適用する合理性を認めていないケースは、実は非常に多いかもしれない。分割発注の方が費用対効果がよいという共通了解が発注機関の中で形成されているのだとするならば、法令が現実に整合していないということになる。「法令と実態の乖離」は、歪んだコンプライアンス対応を生み出す温床以外の何ものでもない。

何よりも競争入札はその名の通り競争なのであるが、競争を用いれば全てがうまく解決するというのは幻想である。不調、不成立になればその分時間がかかる。必要な工事が必要なタイミングでなされなければそれ自体損失である。随意契約であればそのリスクは少なくなる(確実ではないが)。だから分割発注に頼ってしまう。

法的な観点からは、地方自治法施行令上「競争入札に付することが不利と認められるとき」は随意契約が可能となっているが、それを説明することに面倒なのでこのような「例外規定」を発注機関は用いようとしない。「不合理な分割発注を禁じる」規定が存在しないのであれば(WTO政府調達協定には存在する)、法令上随意契約が可能となる「形式」を手にいれようとするのが、おそらく行政の「コンプライアンス・マインド」なのだろう。競争入札回避のための分割発注は、ある種の「グレーゾーン」といえよう。

確かに不調、不成立のリスクを理由に競争入札が回避できるのであれば、どんな契約であってもその説明が可能になってしまう。そうすれば会計法や地方自治法といった公共契約を規律する法令は「ザル法」と化すこととなる。厳格さは重要だが、柔軟性も大事である。このバランスが欠いたときにコンプライアンス問題が発生するのであるが、このバランスが難しい。「正面突破よりも、グレーゾーン」。日本らしい対応だ。

しかし、この「グレーゾーン」は「グレーゾーン」故に、当局が本気になれば「摘発の対象」となることも十分あり得ることに注意しなければならない。官製談合防止法(「入札談合等関与行為の排除及び防止並びに職員による入札等の公正を害すべき行為の処罰に関する法律」)の牙は年々鋭くなっている。同法は、「入札等の公正を害すべき行為を行(う)」という抽象的な構成要件を有する、競争の要請に反する手続違背を広くその射程に入れる「容量の大きな」法律であり、収賄の入り口事件として絶大な効力をこれまで発揮してきた。「競争の意図的な回避」の案件は十分射程となり得る。

分割発注は、おそらくはあらゆる地方自治体が抱えている公共契約の問題だと考えられる。津市の報道は決して他人事ではないはずだ。問題は「ではどうするのか」なのだが、「その回答がなかなか見つからないのが問題」であるのが、悩ましい。