日本の伝統音楽芸能の基礎知識と歌舞伎400年史

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日本の伝統音楽とか演劇のうち歌舞伎は、その俳優が現代の映画やドラマにも出演して有力芸能人となり、彼らの本業として少しは知られている。

しかし、能だとか浄瑠璃とかについての知識を持つ人は年配の人を除くとほとんどいないし、邦楽についても同様だ。

そこで、拙著『365日でわかる日本史』(清談社)では、臼井喜法・同志社大学講師にお手伝いいただき12項目に分けてそれらを紹介している。

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珍しい『日本伝統音楽芸能史』であるので、その項目名と、ひとつの例として、歌舞伎の項目全文を提供したい。

この記事をきっかけに、古典音楽芸能に少し興味をもっていただければ幸いだ。

  1. 古代の芸能 –祭祀から始まる歌舞
  2. 雅楽と声明 –日本の伝統音楽の出発点
  3. 琵琶 –庶民の生活の中に下りてきた雅楽器
  4. 田楽・猿楽 –祭礼から演劇へ
  5. 人形浄瑠璃芝居 –神の代理だった人形が、人を演じる
  6. 歌舞伎芝居 –女性の群舞から男性だけが出演する演劇へ
  7. 三味線音楽 –瞬く間に全国に広まり
  8. 箏 –脇役だった雅楽器が主役に躍り出る
  9. 尺八 –暮露から虚無僧へ
  10. 江戸時代の俗曲 –常磐津、清元、新内など
  11. 民謡 –旅をする唄 追分節、ハンヤ節
  12. 唱歌 –幕末の日本人が初めて聞いた西洋音楽は、賛美歌かマーチ

 

6. 歌舞伎芝居 –女性の群舞から男性だけが出演する演劇へ

阿国歌舞伎はレビューショーだった。遊女歌舞伎から若衆歌舞伎へ変遷してもその特性は変わらない。野郎歌舞伎になって演劇を指向するが、歌舞伎踊りの一幕があったり、役者を魅せるための演出がされるのは阿国歌舞伎以来のDNAだ。

出雲阿国が始めた歌舞伎踊りは遊女歌舞伎に人気を奪われ、それに若衆歌舞伎が取って代わり、やがて野郎歌舞伎になって歌舞伎は演劇を指向するようになる。

得意芸のことを十八番と書いて「おはこ」と読む。これは「歌舞伎十八番」からきた言葉だ。七代目市川團十郎が1832(天保3)年に定めたもので、初代から四代目までの團十郎が得意としていた演題を集めたもの。市川家における古典を制定したようなものだ。歌舞伎の世界に家元はいないが、それでもこのように制定されてしまうと他の役者は手を出しにくくなってしまう。

歌舞伎十八番の一つ「暫」は、弱い者いじめの現場に、「しばらく!」と叫びながら、鎌倉権五郎というヒーローが花道に登場することからこの題が付いている。着ている衣裳の袖には芯が入れられて凧のように四角く張られ、市川家の三舛紋が大きく染め抜かれている。ここまでアイコン化してしまうと、他の役者が演じることはできないだろう。

「勧進帳」も歌舞伎十八番の一つ。能の「安宅」から題材をとっていて、芝居の背景に老松が描かれているのは能舞台の鏡板を模したもの。ストーリーも「安宅」と同じで、これは能楽へのリスペクトだろう。この伴奏音楽の「勧進帳」は、長唄としても代表的な曲になっている。

朝廷に恨みをもつ鳴神上人が、その法力で龍神を滝に閉じ込めて雨が降らなくしてしまうという「鳴神」。その上人を籠絡するために美女が派遣され、首尾良く上人を酔わせてその隙に龍神を解き放つ。豪雨の中、激怒した上人が美女を追いかけていって幕。ストーリーは単純で、その分スペクタクルな演出が楽しめる。

火事と喧嘩は江戸の華と言うが、吉原を舞台に喧嘩がテーマになっている芝居が「助六」。正しくは「助六由縁江戸桜(すけろくゆかりのえどざくら)」という。だれかれ構わず喧嘩をふっかける理由が、盗まれた名刀友切丸を探すために相手に刀を抜かせるのだという。アクションシーンのためにストーリーが創られたような芝居だ。ちなみに稲荷寿司と巻寿司のセットを「助六」というのは、「助六」の恋人が揚巻だから。

もう一つの江戸の華、火事がテーマの「八百屋お七」。実際に起こった事件を井原西鶴が『好色五人女』の中に描き、当時の大道芸である歌祭文にも取り入れられた。歌舞伎芝居としては吾妻三八作の「お七歌祭文」が最初である。

「仮名手本忠臣蔵」は歌舞伎の名作として知られ、何度も映画化、ドラマ化されている。実は人形浄瑠璃芝居として竹本座で上演されたのが最初だ。大ヒットしたために、すぐに歌舞伎芝居にも取り入れられた。そのことから口上も人形が行い、幕が開いても役者たちは最初は人形のように静止したままなのも人形浄瑠璃へリスペクトした演出だ。

「東海道四谷怪談」は、鶴屋南北作の怪談の傑作だ。「仮名手本忠臣蔵」のサイドストーリーでもあり、お岩の父四谷左門や民谷伊右衛門は元浅野家(芝居では塩冶判官)の浪人という設定。怪談の演出としては、盆提灯抜け、仏壇返し、戸板返しなどのギミック満載だ。

出雲の阿国は能楽の様式を取り入れて、念仏によって死者をあの世から呼び出すという演出を行った。だから絵画に描かれた阿国の舞台は能舞台と同じ構造をしている。