一部の報道によると、来月発足するデジタル庁の事務方トップの「デジタル監」に伊藤穣一氏を任命する方向で「調整」が行われているという。これはネット世論の反応をみる観測気球だろうが、その反応は真っ黒である。
住基ネット反対運動が行政のデジタル化を阻害した
もし政府が彼を任命したら、エプスタイン問題で世界的に炎上するだろうが、本質はそこではない。彼は日本の行政デジタル化の第一歩だった住基ネットを破壊した張本人なのだ。
住基ネットは住民基本台帳をデジタル化しただけで、住所氏名以外は何もわからないのだが、伊藤氏は櫻井よしこ氏などと一緒になって「国民背番号で監視国家になる」とか「住基ネットは国民を裸で立たせるものだ」とかいう常軌を逸したキャンペーンを繰り広げた。
長野県では、田中康夫知事が住基ネットの侵入実験を依頼し、伊藤氏は「サーバの管理者権限を取得した」と報告した。これは村役場に入ってラックをあけ、サーバの基板にPCをつないで盗聴したものだった。
この実験が行われた2003年には、すでにインターネットで膨大な個人情報が一瞬で検索できる状態だったのに、住基ネットの騒ぎで個人情報保護法を厳格化し、住所氏名を「プライバシー」として秘匿対象にしたため、日本の検索ビジネスは壊滅し、行政のデジタル化は決定的に遅れた。
住基ネット騒動がトラウマになって役所はデジタル化を恐れ、個人のデジタル情報が行政に活用できなくなった。2015年にようやくマイナンバーの配布が始まったが、それも特定の用途にポジティブリストで制限され、ワクチン接種のような個人情報管理には使えない。
デジタル庁の最大の仕事は、あちこちの役所に分散している行政情報をデジタル情報に統合することだ。そのためには納税から医療に至るすべての情報を、マイナンバーに一元化する必要がある。その仕事のトップにデジタル化を妨害した「戦犯」を任命することは、デジタル庁のミッションを自己否定するに等しい。