台湾国産ワクチンのフェーズⅢ入りをめぐる騒動の中身

台湾中央感染症指揮センター(CDC)の陳時中指揮官は11日、国産ワクチンの接種を23日に始める方針を公表した。製造元はメディゲン・ワクチン・バイオロジクス(高端疫苗)で、7月下旬に衛生福利部から緊急使用許可(EUA)を取得した。20歳以上を接種対象としている(台北中央社記事)。

記事によれば、ワクチンは米国立衛生研究所(NIH)と協力して開発した組み換えタンパク質ワクチンで、29日までに60万~80万回を接種する。CDCはネットで行っている接種登録の対象に、7月27日から高端疫苗ワクチン(ハイエンド)を加えた。

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詳しい状況を調べたので以下に報告するが、その前に台湾のコロナ状況とワクチン接種についてまとめると、5月初めから急増し始めたコロナ感染者と死者は、ここへ来てどちらも日々数名レベルに収まりつつあり、12日時点での感染者は計15,820人、死者は計817人となった。

12日までのワクチン接種者は、1回接種済886.7万人と2回接種済56.6万人で、人口(2351万人)比で1回済が40%に近づいた。供給面では日本から6~7月にAZ約334万回分、米国から250万回分が贈られ、また鴻海とTSMCからはビオンテック(BNT)ワクチン1000万回が寄付された。

リトアニアチェコからも合計5万回分が贈られた。北京は10日、リトアニアが台湾の代表処を置いたことに激怒し大使を召還した。チェコも昨年8月、ビストルチル上院議長が中国の反対を押し切って訪台、この春も上院は台湾のWHO総会参加を全会一致で支持した経緯がある。

国際社会からのこうした支援の外、独自調達も行っており、昨年10月にAZと契約した1000万回分の内52.4万回分が12日に到着、都合293.4万回が届いた。モデルナからも年内に605万回が供給される予定で、8日までに約125万回分が到着した。合計すると約1000万回分が到着済、約2200万回分が今後届く計算だ。

そこでハイエンドワクチンだが、11日のCDCサイトには「COVID-19公的資金によるワクチン予約サイト」のハイエンドワクチン接種の意思登録が13日正午に終了する、予約は8月16日の午前10時から8月18日の正午まで、接種期間は8月23日から8月29日までの予定、とある。

11日の聯合報は17時時点の意思登録者の数を報じている。それによれば登録者の総数は13,440,000人で、単一選択ではモデルナが4,012,576人で30%、AZが1,079,864人で8%を占める一方、ハイエンドは185,470人の1.4%と桁が一つ少ない。

また2種のワクチンを選んだ人は、AZ+モデルナが7,272,364人で54%、モデルナ+ハイエンドが126,047人で0.9%、AZ+ハイエンドが37,127人で0.3%を占めている。AZとモデルナとハイエンドの3種すべてを選んだ人は720,096人で5.4%を占める。

ハイエンドの人気がないが、その理由3つを6月12日の聯合報が伝えている。一つ目は政府の購入単価が高いこと。発表では1回当たり、ハイエンド881元、ビオンテック(BNT)540元、モデルナ416元、AZ111元と大きな差がある。

これはハイエンドが、NIHからウイルス抗原、Dynavax からアジュバント(免疫効果を高める補助薬剤)のライセンスを各々受け、高端疫苗がOEM生産して、さらに充填と包装は台湾東洋が行うために経費が嵩む上、台湾向けだけの少量生産になることによる。

2つ目は、ハイエンドがフェーズII試験を終えた段階でEUAを取得し、フェーズIII試験を今回の接種で兼ねる予定であること。台湾大学病院陳煒認主任は、フェーズIIは安全のためであり、フェーズIII(大規模試験)は防護力のためであると述べている。

3つ目は、ハイエンドはこれからフェーズIII試験を行うため、まだ国際的なワクチンパスポート認証が得られず、ワクチンを接種しても海外に行く際の検疫が必要となること。

加えて、国民党や新党といった野党が蔡英文政権を攻撃する手段に、この国産ワクチンを使っていることもある。鴻海とTSMCがBNT品を寄付したとの前掲投稿でも書いたが、世界で主流のファイザー・BNTワクチンを台湾は買えない(あるいは買わない)。

ファイザーとBNTでテリトリーがあり、中国・香港・台湾はBNTワクチンを上海の復星医薬から供給を受けるとされているからだ。現在はドイツBNT製だが、将来は上海復星がラウセンス生産する契約だ。これを台湾が買えば北京に急所を押さえられ、安全保障上の問題が生じる。

蔡政権は苦肉の策で鴻海とTSMCに購入してもらい、寄付させた。ここを野党が突き、蔡政権はBNTを買えるのに買わないと責める。実際、AZとモデルナは契約できたがBNTは寄付の1000万回だけだ。となれば安保上も国産ワクチンを待望するはずだが、そうならない。

野党がSNSなどでハイエンドと民進党を批判するのだ。国民党少壮派として馬英九元総統らと革新グループを形成した後、93年に離党して新党を結成、翌年の台北市長選で民進党の陳水扁に敗れ、今は複数のメディアを経営し出演もする趙少康は、自社の中国広播公司で次のように述べる。

常識に反することは疑わしい。蔡総統が何度もハイエンドを宣伝し、可愛がるのは異常だ。その思いやりはヒステリックで理解できないほど怖い。民進党はワクチン輸入を遅らせたり、阻止したり消極的だ。ハイエンドに青信号を出す理由は国産の戦略物資だからだ。

だが、3200万回分が確保されているし、説得力に欠ける。

「国を守る聖なる山」のTSMCでさえ、蔡や民進党にあまり支持されていないことを疑問視している。高価な治療が行われる場合、それは民進党ワクチンだ。国産ワクチンに反対する人はいないとTSMCはいう。反対するのは手順通り製造されない、接種後に防御力があるか判らない、また後遺症がどれほど深刻か判らないワクチンだと。

報告ではハイエンドの稀で深刻な副作用として「顔面神経麻痺」と「過度の眼圧」が1000分の1未満で出る。フェーズⅡで治験されたのは3000人だけだった。100万人が接種を受けた場合、1000人がそれらを患う可能性があるとも述べている。

10日のアップルデイリー紙は、元国民党副会長郝龍斌らの市民グループがハイエンドのEUA削除を求める国民投票を募り始めたと報じた。国民党の江啓臣主席もFacebookで支援し、6ヵ月以内に50万の署名を目指す。現職の高雄市長がリコールされた国柄だから何が起こるか判らない。

そこで高端疫苗の提携先Dynavaxについて調べてみた。同社は21年2Qの売上高5,280万ドル、肝炎ワクチンなどを主力とするベンチャー企業で、COVID-19、百日咳、通常のインフルエンザなど、複数の適応症に実証済みのCpG1018ワクチンアジュバントに関する数多くの提携を進展させている。

COVID-19では以前締結したBiological E ValnevaおよびMedigen(高端疫苗)の2社との契約に加えて、Clover Biopharmaceuticalsとも最近提携した。複数のパートナーが、2021年の後半にCOVID-19ワクチンの緊急または条件付き認可を申請する予定であるという。その一つがハイエンドだろう。

Dynavax とBiological Eは、Biological E のCOVID-19ワクチン候補CORBEVAX™の商業生産でのCpG1018(品名)アジュバントの使用に関する商業供給契約を締結した。フェーズⅡとその後のEUAの完了時に、インド連邦保健省は3億回分のCORBEVAX™を予約するという。

これを見る限り、またNIHのウイルス抗原とDynavaxのアジュバントと使うということなのでいい加減なものとは思えない。ハイエンドのフェーズⅢが成功裏に終わることを祈りたい。良い結果なら日本も輸入してスケールアップ=コストダウンに協力してはどうだろう。