「中国が台湾のワクチン調達を妨害」の真相はこうだ

ロイターが3日、「EXCLUSIVE-テリー・ゴウ氏とTSMC、ビオンテックのコロナワクチン調達で合意=関係筋」と報じた。が、ちょっと何をいっているのか判らないと思うので、以下に経緯を紹介したい。

Andrew Linscott/iStock

台湾では5月初めから、運航の事情で検疫を3日に短縮していたパイロットが感染源となり、日治時代からの台北の歓楽街「万華」から新型コロナの感染が拡大した。4月まで世界有数の少ない感染者数だったゆえ免疫保持者が少ないからか、3日時点の感染者は15千人に迫り、死者も686人だ。

ここへ来て死者の数は日々10名前後と減って来ていて、諸外国と比べれば決して多くはないものの、この事態は激し易い市民を苛立たせ、蔡政権の支持率は余り上向いていないようだ。その理由の一つはもちろんワクチン入手の不如意だ。

日米両国が手を差し伸べて、まず日本がアストラゼネカ製ワクチン(AZ)124万ショット分を急送した。米国も75万回ショットとしていたのを3倍の250万ショットに引き上げて提供、日本も追加の100万ショットを手配中だ。

が、これに共産中国は、蔡政権が中国からのワクチン提供を拒絶しながら、日本では使われていないAZを受け入れたと喧伝、台湾人の一部もこれに呼応して蔡政権を難じた。筆者は「日本も早くAZを使え、進んで打つ」と書いた。その後、偶さか日本政府もAZ接種に舵を切ったが、当然だ。

台湾の知人に様子を尋ねると、ファイザーをワクチンが買えるのに蔡政権は買わないといっていて、国民党が攻撃しているという。が、一方の蔡政権はドイツのビオンテック(ファイザーと提携)からのワクチン(BNTワクチン)購入を邪魔している、と中国を非難する。

さらにそこへ鴻海のテリー・ゴウとTSMCのモーリス・チャンが登場する辺りから話が判りにくくなる。真相を順に説明するとこうなる。

5月9日の「財新」記事を配信した東洋経済は5月20日、独ビオンテックと中国の復星医薬集団(フォスン・ファーマ)が合弁事業への投資を5月9日に発表し、上海の合弁会社は新型コロナ用mRNAワクチン(BNTワクチン:ファイザー同等品)を中国で年10億ショット分生産する見込みと報じた。

すでに復星は昨年3月、ビオンテックとライセンス契約を締結し、中国本土、香港、マカオ、台湾でBNTワクチンを独占的に生産・販売する権利を取得していて、今回はそのための合弁会社を設けたということのようだ。

合弁契約書によると、復星の子会社上海復星医薬産業発展とビオンテックは、合弁会社の資本金の50%ずつを引き受ける。そのうち、復星は最大で1億ドル相当を現金または工場や生産設備などの形で出資する一方、ビオンテックもmRNAワクチンの生産技術や特許ライセンスなど最大1億ドル相当の無形資産を出資する。

記事は、このBNTワクチンが中国では第2相臨床試験中で、復星は「販売承認の可否、その時期については確定していない」とし、復星の董事長兼CEO呉以芳氏は「国家薬品監督管理局の要件に従い、ワクチンの製造販売の承認に向けた申請手続きを進めている」と述べていると報じていた。

その後、ロイターが5月27日、「ワクチン調達巡り中国が『政治戦』、台湾当局が非難」と報じた。複数の台湾当局者はロイターに「中国が台湾にBNTワクチンを提供する用意があると表明しているが、誠実な申し出ではない、政治的な理由で台湾のBNTワクチン調達を妨害している」との認識を示したと報じた。

つまり、台湾はドイツ製のBNTワクチンを購入することを中国が妨害していると主張し、一方の中国は、ビオンテックと販売契約を結んでいる上海の復星を通じてBNTワクチンを提供する用意があると表明しているということだ。

そして、台湾は復星を通じたBNTワクチンの調達を「透明性が不足しており、中国が関連情報の提供を拒んでいることを理由に挙げて」(ロイター)拒否している。

台湾当局はBNTワクチンの調達に中国が介入していることを数カ月間、公表していなかったが、高官は「公表が必要だと感じるようになった」、「台湾がワクチンを輸入するには一定の手続きが必要で、彼らに提供の意思が本当にあるのなら、何をしなければならないか分かっているはず」と述べた。

これに対し野党国民党は、復星を通じてBNTワクチンを調達すべきだと主張、同党幹部は同社のワクチンは「100%」BNTワクチンで、なぜ与党が購入を拒否するのか分からないと述べ、政府の姿勢を非難している。

中国国務院台湾事務弁公室はロイターに対し、中国がビオンテックとの契約を妨害しているとの台湾の主張は「ナンセンス」だと反論し、復星を迂回したワクチン調達を目指す台湾は、商業原理に反していると述べている。

そこで蔡政権が、中国に顔が利いて資金も豊富な鴻海のテリー・ゴウとTSMCのモーリス・チャンに支援を依頼したということらしい。

中台双方の言い分とBNTワクチンが中国では未だ治験中であること、そして復星が中国・台湾地域の独占販売権を持っていることを考えわせると、ドイツ製BNTを復星が輸入し、それをゴウとチャンが買って、台湾政府に寄付するというのが冒頭の記事のようだ。

同記事には、数量は2者合わせて1000万ショット分で、「BNTワクチンはビオンテックから台湾に直接供給される」と書いてあるが、商流が復星を経由するかどうかは書いてない。さらに、最終合意には至っていないため、最終契約までしばらく時間がかかる可能性があるとしている。

また、7月3日の台湾紙「新頭殻」は、ロイター電として、ある筋は「独政府は、中国からの圧力で台湾にワクチンを販売していないという印象を残したくないので、ビオンテックと台湾の間の交渉を支援している」と強調した、と報じている。

実に込み入っているが、独政府や独ビオンテックとしても、中国と台湾でのBNTワクチン販売について復星に独占販売権を与えている手前、台湾に直で販売する訳にはいかないのだろう。が、蔡政権として中国や中国会社の世話には金輪際なりたくない気持ちも理解できる。

ファイザーとビオンテックの間でもこのテリトリーが有効なのだろう。とすれば、ファイザーが台湾に売れない理由も腑に落ちる。が、米国の会社なら台湾を入会地にするくらいの配慮は望みたかった。いずれにせよ、一日も早くBNTワクチンが台湾に届くことを祈ってやまない。