コラムの見出しは、「風が吹けば桶屋が儲かる」といった感じがするかもしれないが、最近の研究によると、そうとはいえないのだ。人は毎日何を食べているかで、その人の気質、性格が創り上げられていくことが明らかになりつつある。
独仏共同出資放送局(ARTE)でオランダ法務省の心理学および政策顧問の医師・アプ・ザールベルク(Ap Zaalberg)氏の研究報告が報じられていた。同医師の専門分野は「栄養と犯罪」だ。彼は、ビタミン、脂肪酸(オメガ3)、ミネラルなど栄養補助食品を強化することで攻撃性を減らすことができるかをテーマに調査した。同医師は8つの異なる刑務所で若い囚人を対象に調査を実施した。ビタミン、ミネラル、脂肪酸を3カ月間食品に加えた後、行動への影響を調べた。
食事が改善された受刑者のグループでは、刑務所内の暴力事件の数は3分の1減少した。英国とオーストラリアの刑務所でも同じような実験が行われ、同じ結論に達している。ミネラル、オメガ3、ビタミン(栄養補助食品)は、囚人たちの暴力的な行動を減少させたのだ。ある意味で画期的な発見だ。
人間は心と肉体から構成された存在であり、双方は相互補助関係と考えられる。人は食事をし、そこから接取された栄養素を脳にも送り、そこで精神生活をする。脳は体重の2%に過ぎないが、そこで使用されるエネルギーは全体の20%といわれている。脳は非常に活発な活動をしているわけだ。そこで人が毎日摂る食事からどのような栄養素を補給しているかで、脳の活動にも影響が出てくるわけだ。有毒性物質を体内に取り入れた場合、その毒素が脳神経系に影響を与える。神経毒物(反栄養素)は人を攻撃的、反社会的および犯罪を起こす潜在的な影響を与える。さらに、知能障害や注意欠陥多動性障害(ADHD)などの認知障害も、(反)栄養素と関連しているというのだ。
例えば、不均衡な栄養失調は人間を攻撃的、暴力的な行動に走らせることが良く知られている。極端な例だが、第2次世界大戦中にオランダで飢饉があった。当時、妊娠中に空腹になった女性は、反社会性パーソナリティ障害の気質を有する子供を多く出産したという。米国社会の犯罪事情は、接取するカロリーは十分だが、神経毒性物質を多く含む食品の摂り過ぎが犯罪増加の要因の一つとなっているのだろう。
ジャンクフードに対する警告は栄養学者から指摘されている。なぜか?健康に良くないからだ。長期間、ハンバーグやポテトチップス、ピザ中心の食生活をしていると健康に良くないが、それだけではない。人間の言動にも悪影響が出てくることが次第に明らかになってきた。若い世代の犯罪増加、校内暴力などの社会現象は現代人の食生活の結果ともいえる。換言すれば、深刻な栄養失調、微量栄養素の接取不足の一方、反栄養素、神経毒性物質(添加物、保存物、農薬、香料、色素など)の過度の接取が反社会的行動を誘発しているわけだ。
食習慣を変えることは容易ではない。英国の有名なスター・コック、ジェミ―・オリバー氏が子供の食生活を改善するために学校の給食で肉類だけではなく、野菜や果物、栄養のある健康食を取り入れるべきだと提案して一部実行されたが、最終的には学校からというより、子供の親からの反対が強く、計画はおじゃんになったことがある。親は子供の好きなハンバーグやチキンなど学校の外から差し入れし、子供の健康を考えた給食プランを邪魔したわけだ。独り者のサラリーマンが外食やハンバーグの持ち帰りだけで食事を済ましている姿は本来、深刻な問題だ。
日本では長野県の校内暴力の絶えない中学校に校長として赴任した大塚貢さんが学校給食(パン、肉中心)を変え、地元近辺の食材(米、野菜、魚)を中心とした給食を提供するようになったところ、生徒たちの授業での集中力が向上する一方、生徒間の暴力事件が減少したという報告が報道された。それが他県の学校にも広がり食への意識が少しずつ高まったという。
「食」という字は人の下に良という字が入っている。人を良くし、人が良くなるのが「食」だ。漢字に意味が隠されているわけだ。食事と心身の健康、人間の言動は切っても切れない密接な関係があるわけだ。
「君は夕食で何を食べたか」が大きな問題となってくるのだ。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2021年9月4日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。