北朝鮮「米国を核協議へ誘導戦略」

ウィーンに本部を置く国際原子力機関(IAEA)は13日から17日まで5日間、定例理事会を開催したが、国連外交筋は、「北朝鮮はここにきて米国との核協議の再開に意欲的となってきている」と語った。

国連工業開発機関(UNIDO)の李勇事務局長に信任状を提出する北朝鮮の崔ガンイル大使(2020年7月14日、UNIDO公式サイトから)

北朝鮮は15日、短距離弾道ミサイルを2発発射し、ミサイルは日本の排他的経済水域(EEZ)に落下したことについて、米国務省は同日、「複数の安保理決議に違反し、近隣諸国と国際社会に脅威を及ぼす行為だ」として非難したばかりだ。それに対し、先の国連外交筋は、「北朝鮮の狙いは米国の関心を引くことであり、米朝協議の再開を狙ったもの。北朝鮮にとって、核問題は米国との問題だ。韓国や日本とは全く関係がない」と説明した。

IAEA定例理事会の冒頭声明でグロッシ事務局長は13日、北朝鮮が7月初めから寧辺の黒鉛減速炉(5000kw)を再稼働させた兆候があると明らかにした。北朝鮮は過去、黒鉛減速炉の使用済み核燃料を再処理し、核爆弾の原料となるプルトニウムを抽出してき。

IAEAの9月定例理事会の報告書によると、黒鉛減速炉で冷却水排出などの兆候が観測されたという。同時に、「建設中の軽水炉は内部工事が継続されている。北の核計画は明らかに安保理決議、IAEA理事会決議に反している。核拡散防止条約(NPT)の核保障措置協定を遵守し、IAEAと協力すべきだ」と強調し、北朝鮮の核問題に深い懸念を表明した。

先の外交筋は、「寧辺の5MWの原子炉は激しく老化しているから、それを修復して原子炉活動を再開するためには多くの費用と時間が必要となる。北朝鮮は5MWの原子炉の再開をちらつかすことで米国を核協議に誘導しようとしているだけだ」と指摘、5MW原子炉の再開情報はあくまでも誘導を目的としたもので、兵器用プルトニウムの生産ではない、との見方を明らかにした。

ちなみに、北朝鮮は今後はウラン濃縮活動に力を入れてくるのではないか、と予測されている。ウラン濃縮施設で兵器用ウランを入手する作業は使用済み核燃料の再処理施設でプルトニウムを入手するより容易な上、監視衛星から隠蔽する上でメリットがある。米CNNは北朝鮮が寧辺のウラン濃縮施設を拡張していることを示す衛星写真を報じている。

バイデン米政権は北朝鮮との外交的なアプローチを模索しているが、バイデン氏自身はトランプ前大統領のような首脳会談の開催には依然消極的だといわれる。先の国連筋はバイデン政権が北朝鮮との核協議を秘かに進めていることを認めた。北側の窓口は在ウィーン国際機関の北朝鮮代表部の崔ガンイル大使だ。米国側は同大使との間で協議を進めているという。崔ガンイル大使は2020年3月、金光燮大使(大使夫人は故金日成主席と故金聖愛夫人の間の娘で、大使は金正恩朝鮮労働党委員長の叔父に当たる)の後任としてウィーンに就任した。

崔ガンイル大使は「米国通」外交官といわれ、崔善姫(チェ・ソンヒ)外務次官の補佐としてシンガポール(2018年6月)、ハノイ(2019年2月)での米朝首脳会談やスウェーデンの米朝実務会談に参加してきた実務型外交官だ。同大使は平壌から「IAEA再加盟というカードをチラつかせながら、米国を引き寄せろ」との指令を受けていると推測されている。

北朝鮮の狙いは、米朝協議を通じて対北制裁の解除を実現することだ。新型コロナの感染問題もあって、中国からの経済支援は停滞してきている。それだけに北朝鮮の国民経済は深刻だ。金正恩氏はバイデン政権の関心を高めるために今後様々手段を行使してくると予想される。

以下、北朝鮮とIAEAとの関係史だ。

北朝鮮は1992年1月30日、IAEAとの間で核保障措置協定を締結した。IAEAは93年2月、北が不法な核関連活動をしているとして、「特別査察」の実施を要求したが、北は拒否。その直後、北はNPTからの脱退を表明した。翌94年、米朝核合意がいったん実現し、北はNPTに留まったものの、ウラン濃縮開発容疑が浮上すると、2002年12月、IAEA査察員を国外退去させ、その翌年、NPTとIAEAからの脱退を表明した。2006年、6カ国協議の共同合意に基づいて、北の核施設への「初期段階の措置」が承認され、IAEAは再び北朝鮮の核施設の監視を再開したが、北は09年4月、IAEA査察官を国外追放。それ以降、IAEAは北の核関連施設へのアクセスを完全に失い、現在に至る。IAEAは過去12年間、北の核関連施設へのアクセスを完全に失った状況が続いている。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2021年9月18日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。