ワクチン非接種者の社会的不利益をどう考えるか?

今日は、ワクチンを接種していない人の社会的不利益をスポーツ組織としてどう考えるべきか、ちょっと考えてみたいと思います。

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NY Timesによれば米国では、ワクチン接種が認められている12歳以上の国民のうち、74%が少なくとも1回はワクチンの接種を受けており、64%の人は規定回数の接種を終えています(9月17日時点)。つまり、ざっくり4人に1人(26%)の人がワクチン接種を受けていないという状況です。ちなみに米国では、既にワクチン接種を希望している人はほぼ接種を終えている状況にあります。つまり、「接種したいのにできない」という人はほとんどおらず、ワクチン接種は個人の選択の問題になっています。

経済活動に関する規制緩和は、州政府が決める形になりますが、例えばNY州では今年2月23日からスポーツ施設(屋内・屋外問わず)にて10%上限での観客動員が認められ(それまでは無観客)、その後段階的に緩和されながら6月15日から100%キャパでの試合開催を認めています(ただし、屋内施設については、ワクチン非接種者はPCRテストでの陰性証明+マスク着用がMUST)。

スポーツの通常開催に向けた流れの中で日米の現状を整理すると、以下のスライドのような形になると思います。

米国は既にワクチン接種が一定程度進んだため「Afterコロナフェーズ」に突入していますが、日本にはまだワクチンを接種したいのにできない人がいるため、「Withコロナフェーズ」を抜けていないと言えます。米国では60万人以上が亡くなるという悲惨な状況で、Withコロナフェーズでも無観客開催期間が長く続いたのですが(米国で観客を入れるようになったのは前述のように今年に入ってから。一方、日本では既に昨年7月くらいから制限付きでの入場を認めていた)、ワクチン開発に国の命運をかける一本足打法が辛くも功を奏し、制限付き入場開催期間は短く、あっという間に通常開催に戻ってしまいました。

つまり、現時点では米国の方が日本の数か月先を行っている形になっており、ワクチン接種が進む中で米国のスポーツ組織が行ってきた意思決定は日本の参考になるのではないかと思われるます。

ワクチンを打ちたい人がまだ残っている「Withコロナ」フェーズと、ワクチン接種希望者は概ね打ち終わり、個人の選択になる「Afterコロナ」フェーズでは、ワクチン未接種者の社会的不利益への考え方は変わってきます。前のフェーズでは、ワクチン未接種者を守らなければならない社会的規制が必要になりますが、後のフェーズでは結果責任は個人が負う前提になります。

WithコロナからAfterコロナへの過渡期

例えば、スポーツ施設の入場制限などは、ワクチン接種したくてもできない人がまだ大勢いることを前提にした規制ですから、接種率の向上とともに上場制限が緩和されていきます。NY州では、2月23日の10%上限が4月1日には20%(屋内施設は10%のまま)になり、5月19日には33%(同30%)、6月15日に100%キャパでOKと順次緩和されていったのですが、5月19日からはワクチン接種者は専用エリアを設ければ上限規制の対象外になる(つまり、専用エリア内であれば100%キャパでOK)処置が追加されています。

5月19日の33%から、約1か月後の6月15日に100%になるわけですから、数字だけ見ると一気にキャパが上げられたようにも見えますが、実はこの1か月間でスポーツ施設におけるワクチン接種者専用エリアの比率がどんどん上げられて行っているので、一気にというわけでもないんですよね。

専用エリアの設け方はスポーツにより異なる対応が取られたのが興味深いです。例えば、MLB(ヤンキースとメッツ)では、ワクチン接種者用エリアと非接種者用エリアを入場口から明確に区別し、前者は100%キャパで、後者は規制に従って33%キャパ(着席時にもソーシャルディスタンス有り)運用を分ける形を取っていました(ワクチン接種率の向上に合わせて接種者エリアがどんどん拡大されていくので、実質的な収容率は33%を超える形になる)。

ちなみに、チケット価格はダイナミックプライシングで決まることから、ワクチン非接種者エリアは需給バランスが需要過多になるため、接種者専用エリアより価格が高騰する形になっていましたが、これはもう自己責任という整理になっていたようです。

MLBより思い切った対応を取っていたのがNBA(ニックスとネッツ)です。タイミングがちょうどプレーオフに差し掛かっていたということもありますが、基本的にワクチン接種者にしかチケットを販売しない方針を取っていました。そのため、プレーオフは州の規制上は30%上限期間でしたが、100%近い収容率で試合を開催しています。

Afterコロナ

このタイミングになると、医療従事者に義務化されていたワクチン接種が、ホテルやレストラン従業員、エアラインのCA、スポーツ業界などの接客業にも拡大していきます。米スポーツ界でも、フロントスタッフや審判は今ではワクチン接種義務化の動きが一般的になってきています(拒むと契約解除)。

選手には今のところワクチン接種は義務化はされていませんが、選手における接種比率が一定基準(85%など)を超えた場合にチームに適用されるコロナプロトコルが緩和される形になっています(例えば、PCR検査頻度を一日おき→週2回に減らす、練習施設でのマスク着用義務化の解除、遠征先での宿泊先ホテルへの家族の帯同や外出の自由など)。また、非接種が理由で感染拡大が起こった場合は選手個人やチームに重い罰則が課せられる形になってきています。

要はワクチンを打っていれば万が一ブレイクスルー感染しても不可抗力(やるだけのことはやった)として責任が問われない一方、ワクチンを接種せずに感染した場合は、防ぐことができた問題を起こしたという意味でその責任を問われるのです(言うまでもなく、これは態度の問題であるだけでなく、統計上ワクチン接種者と非接種者の感染率や死亡率に大きな差があるという科学的根拠に基づいています)。

観客についても、これまで屋内施設ではワクチンパスポートか72時間以内に実施された検査でのコロナ陰性証明の提示が必須でしたが、屋外施設でのスポーツにもこれが拡大される動きが出てきています。

日本でもワクチンの接種率が上がってきているので、そろそろAfterコロナフェーズへの過渡期に差し掛かる頃です。この点、僕もクライアントと米国スポーツ界のコロナ対応を伝えながら意見交換する機会が多いですが、なかなか米国のようにワクチン接種者専用エリアを設けたり、スタッフや審判に接種を義務付けるといった思い切った対応には及び腰のところが多い印象です。その理由としては、以下の3つが考えられるでしょうか。

まず、コロナによる死者の数が大きく違うため、ワクチン接種により享受できる社会的・心理的メリットが違うこと。米国では67万4000名の方がコロナで命を落としていますが、日本では1万7000名です(9月19日時点)。米国は人口比で日本の約2.6倍ですが、コロナの死者では約40倍です。つまり、「死ぬよりはマシ」という感覚が日本より強いのでしょう。死者の少ない日本では、ワクチン接種のメリットが比較的感じづらいのかなと思います。

第二は、スポーツ組織のミッションや訴求価値(Value Proposition)の差。米国では、既に10年以上前からスポーツ組織はエンタメ事業者であると共に、社会課題解決者としての自覚を高め、それを積極的に事業の差別化戦略として活用しています。そのため、もはやビジネス(金儲け)の時だけ課題解決者のフリをして、有事に知らんぷりするという態度が許されなくなっています。

現時点で、コロナ禍への解決策はワクチン接種しかない状況です。こちらでは、よく「part of solution」「part of problem」といった言い方をします。前者は問題を解決する側の人、後者は問題を作り出す側の人のことです。コロナ禍を社会問題として捉えた時に、「part of solution」になるにはワクチンの接種率を高めるしかないのです。

日本のスポーツ組織の訴求価値は、まだエンタメ事業者に留まるところが多いため、ここまでポジションを明確にとって批判を承知でワクチン接種を社会に働きかけていくところまで思い切った動きが取りにくいのだと感じます。企業がチームを保有している点も、保守的な判断を促す背景の1つとして指摘できるかもしれません。

第三に、社会の根本的な違い。これは良く言われることかもしれませんが、日本は結果平等の社会であり、米国は機会平等の社会であるという違いです。今の日本の動きを見ていると、ワクチン接種の有無により扱いが変わることで、社会に不公平感が生まれることをできるだけ避けようとする雰囲気を感じます。言い方は悪いかもしれませんが、日本は同質性が高いため常にノイジー・マイノリティに配慮した意思決定が求められます。

一方、米国では価値観が多様過ぎて結果的な不公平感に付き合っているときりがないので、政府や自治体もそこまで手取り足取り面倒見てくれません(国民もそれを求めません)。大きな方針を定めて動き出すと、あとは個人の自己責任となります。問われるのは、機会が平等であったかだけです。どちらが良い、悪いという問題ではありませんが、コロナ禍への各国の対応を見ていると、それぞれの国の性格の違いや強み・弱みがあぶりだされ、可視化されたように思えます。


編集部より:この記事は、在米スポーツマーケティングコンサルタント、鈴木友也氏のブログ「スポーツビジネス from NY」2021年9月21日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方はスポーツビジネス from NYをご覧ください。