マクロンの対米妥協の裏に見える「一帯一路」の凋落

巨額の潜水艦ビジネスをAUKUSにふいにされ、米豪から大使を召還して一頻り怒ったマクロンだが、9月22日のバイデンとの電話会談を機に、予想通り矛を収めた。駐米大使を戻し、ブリンケンも外相会談に訪仏するという。他方、EUは豪州とのFTA交渉を11月まで延期した。EUでのプレゼンスを考えれば、豪州が米国と同様に行く保証はない。

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この妥協の裏には、16年間EUに君臨したメルケルの後釜としてEUの舵取りを担いたいマクロンにとり、米国と事を構え続けるのは得策でないこと、AUKUSが仮想敵視する北京の覇権主義が人権を重視するこの地域の関心事であり、「一帯一路(BRI)」にも影が差しつつあること、NATOを軽視するマクロンの姿勢がロシアを警戒する中東欧に不評なこと、などがある。

この5月に欧州議会は、昨年末に合意した中国との投資協定につき、批准に向けた審議の停止を決議した。EU外相理事会が3月、ウイグルへの人権侵害を理由に新疆ウイグル自治区政府の幹部4名と「新疆生産建設兵団」を制裁した報復に、中国が、欧州議員5名を含む10名と4つの組織を入国禁止にする制裁を発表したことが直接の原因だ。

欧州議会には、ウイグル自治区の関係者を限定制裁したにも関わらず、北京が報復対象をEU全体に広げたことへの不満がある。一方、北京にも、投資協定自体がEUにかなり譲歩したものだったし、人権侵害を金輪際認める訳にいかない事情があった。が、この破談は「経済より優先するもの(民主主義や人権)が国際社会にはある」ことを中国に意識せしめたと思う。

中東欧の、米国のいるNATO重視を基本に置いた根強いロシア警戒中国離れにも、マクロンは意を用いるべきだろう。「17+1」というのがある。中国主導で中東欧の17ヵ国が12年に始めた首脳会議のことで、鉄道・港湾等のインフラ整備の推進やそれらを利用した貿易拡大、イノベーション、デジタル技術、エネルギー等で協力することが19年に確認された。

構成国は、EU加盟のポーランド、チェコ、スロバキア、ハンガリー、ブルガリア、ルーマニア、クロアチア、スロベニア、リトアニア、ラトビア、エストニアの11ヵ国、EU非加盟のセルビア、ボスニア・ヘルツェゴヴィナ、北マケドニア、アルバニア、モンテネグロの5ヵ国で、来年加わるギリシャを含め全て「BRI」の覚書を中国と結んでいる。

が、その「17+1」が揺らぎ始めた。2月の首脳会議には、リトアニア、エストニア、ラトビアのバルト3国およびルーマニアとブルガリアが、トップではなく代理を出席させた。そして5月、リトアニアが離脱した。

リトアニア議会は同じ月、新疆ウイグル自治区での中国の人権侵害を「ジェノサイド」認定し、同政府は6月、台湾にワクチン2万回分の提供を公表7月には台湾代表処の開設を発表した。9月には国防省がシャオミ製品にスパイ機能がついているとして不買を呼び掛けもした。

昨年8月に上院議長一行が訪台したチェコも、この8月にワクチン3万回分を台湾に贈り、スロバキアも16万回分、ポーランドも40万回分をそれぞれ湾に提供した。彼らは、これら人道を重視する行動を「2つの大国間での、自分の足を撃つ火遊びだ」と吠える北京を恐れることなく起こした。

ルーマニアも昨年6月、原発2基の建設に関する中国広核集団との協定を反故にし、10月に米国エイコムが仏加と組むプロジェクトに仮調印した。原発を巡ってはチェコも9月、中国とロシアの企業が同国のデュコバニ原子力発電所の拡張工事入札に参加できないようにする法律を決議し、河野太郎がツーショットを投稿した北京の女性報道官を歯噛みさせた。

これらはとりわけ中東欧諸国に対して、BRIが期待したほどの経済効果をもたらしていないことを窺わせる。そこに武漢発の新型コロナパンデミックとウイグル発の「ジェノサイド」が重なり、かつて共産ソ連に酷い目に遭った記憶を彼らに甦らせ、台湾への同情を呼び起こしたのだろう。

中国の開発金融プログラム」と題する論文がある。「『Aid Data』の84.3億ドルに相当する13,427件の中国開発プロジェクトの新データは『隠れ債務』の大幅増加とBRI実行の問題点を暴露する。4年間の大規模な新データに基づく作成中の分析は、特にBRIに焦点を当てる」との長い副題が付く。

米William & Mary大学の国際開発研究機関「Aid Data」の9月29日の発表に拠れば、同論文は6月のG7サミットで発表された「Build Back Better World」イニシアチブ、すなわちBRIに代わる有効な手段を開発するタイミングに発表されたもので、165ヵ国13,427件、8,430億ドルのBRIプロジェクトを網羅した独自の詳細データを活用し、支出パターン、負債額、プロジェクト実施上の問題点が時系列でどのように変化したかを詳細に説明しているとする。以下にその要点を挙げる。

  • 中国は多くの低中所得国にとって頼れる金融機関の地位を急速に確立しているが、国際的な融資や助成活動は依然秘密のベールに包まれている。
  • 北京は海外開発金融ポートフォリオの詳細情報を開示しないので、低中所得国はBRI参加のコストと利益を客観的に判断し難い。二国間援助機関や多国間開発銀行が協力する場合も同様。
  • BRI以前、米中は海外支出のライバルだったが、中国の850億ドルの年平均支出は今や米国370億ドルの2倍以上。
  • 中国はBRI融資でこの分野の支配的地位を確立すべく、援助ではなく債務を利用し、その融資と補助金の比率は31対1。
  • 当初、中国は外銀や開発銀行など「政策性銀行」が主導したが、13年以降の主流は中国銀行、中国工商銀行、中国建設銀行など国有商業銀行で、BRI後5年間でそれらの海外融資は5倍。
  • BRIで5億ドル超のメガプロジェクトも3倍増し、より高い信用リスクを引き受けたため、より強力な返済保障措置を取った。00年代初頭には海外融資ポートフォリオの信用保険、担保差入れ、第三者による返済保証は31%だったが、今は60%。
  • ハイリスクでの担保設定は北京の常套手段で、国有債権者が海外債務者に融資した「メガ」50件のうち40件が担保付き。
  • 低中所得国への北京の融資条件は、OECD-DACや多国間債権者の融資に比べ非常に厳しい。典型的な融資は金利2%、返済期間10年未満だが、日独仏などOECD-DAC加盟国は金利1.1%、返済期間28年。
  • BRI以前は中央政府機関などのソブリン債務者向けだったが、今は7割が被投資国の国有企業、国有銀行、特別目的会社、合弁会社、民間機関向けなので、世銀の債務者報告システムへの過少報告で「隠れ債務」が増加。
  • これら「隠れ債務」は相手国政府のB/Sに載らず、民間債務と公的債務の区別が曖昧で、途上国の公的財政管理の大きな課題。中国に対する42ヵ国の約3,850億ドルに上る公的債務のエクスポージャーはGDPの10%超。
  • 中国への返済債務の年間平均過少報告額は、BRI前の130億ドルが400億ドルに増加。処理すべき対中債務の金額を政府が知らないこともある
  • BRIのインフラプロジェクトの35%が、汚職スキャンダル、労働違反、環境問題、市民の抗議活動など実施上の問題に直面し、BRI以外の中国プロジェクトに比べ、実施までの期間が大幅に長く、中断や中止も増加。
  • ホスト国の政策立案者は、汚職や過大な価格設定への懸念に加え、中国との緊密な関係を維持することが困難な国民感情の大きな変化を理由に、注目を集めるBRIプロジェクトを中止している。

以上だが、北京への「隠れ債務」が3,850億ドル(約42兆円)とは驚く。また前段で述べた中東欧諸国の状況と驚くほど一致している。ギリシャへのフリゲート艦売却成約で機嫌を直したのか知らぬが、何れにせよマクロンの素早い対米妥協は賢明な決断と言えそうだ。