左右から叩かれる池田勇人と宏池会
岸田文雄首相を輩出した宏池会はハト派であるというイメージがついている。そして、そのイメージは宏池会の初代会長であり池田勇人氏によって付けられたという印象がある。
宏池会は池田勇人を総理総裁にするために発足したこともあり、根強く池田氏が開拓した路線を継承しているように見える。池田勇人といえば、安保改定のあおりを受けて退陣した岸信介首相の後を受けて首相の座を射止め、所得倍増計画を推進して、高度経済成長の道筋を付けたことで有名である。
一方で、経済を重視するがあまり、安保を蔑ろにした首相としての評価も特に自民党の保守派の間では存在する。2019年当時の麻生財務大臣のコメントが保守層の憤りを体現している。
「岸元総理大臣はいちばん激しい憲法改正論者だった後任の池田元総理大臣がやってくれると思っていたが、池田氏は総理大臣になったとたんに、パッと変わって、憲法改正論者ではなくなった。安倍総理大臣が誰か次の人に憲法改正がやれると思ったら、岸氏の二の舞になるのではないか」
さらに、経済重視、軽武装路線という穏健的な政策を池田氏降の宏池会所属の首相たちが軸としていたことから、宏池会をリベラルだとする意見もある。岸田氏へのエールで立憲民主党の辻元清美氏は以下のようなツイートしている。
岸田新総裁、おめでとうございます。私も宏池会の先輩の加藤紘一さんや古賀誠さんからご指導を受けました。保守本流、そして「リベラル」と謳われた宏池会の魂を安倍元総理らに売って総裁の座を掴んだと言われないように。次は野党との予算委員会での徹底議論ですよ。選挙の前に正々堂々と。
派閥の論理が作用して、自民保守派の最大勢力である細田派にリベラルな宏池会が埋もれてしまうのではないかという懸念が辻元氏のツイートから読み取れる。また、実際に岸田氏自身も自らを「リベラル、ハト派」だと自認していた過去がありながらも、保守派に忖度した言動を総裁選期間中から今まで行っている。そのことから、辻元氏が指摘する宏池会の右傾化が実際問題としてあるのでないかと考えてもおかしくない。
しかし、池田勇人の実像に迫った時に、果たして彼をリベラル、ハト派だという風に断定していいものかという疑問が残る。また、その評価基準だけでは池田氏が何を成し遂げようとしていたのかが見えてこない。
リアリストであった池田勇人
一見すると、池田首相は日本の安全保障面での進歩を滞らせ、経済重視、軽武装路線を固定化させたように見える。しかし、彼の発言からして、その路線を一時的なものだと彼は認識していたことが分かる。
「日本に飛行機や潜水艦一機でも一隻でも多く持たせれば、日本の防衛力が増強されると考えるのは早計だ。日本人の心構えが大事なのです。私はこの点を考えて人づくりを説いてるし、寛容と忍耐の精神をもつように言っているのです。アメリカの援助がなくても、自分たちの力で日本の防衛力は増加させていきます。」(「池田勇人とその時代」、238項)
池田は安保を軽視していたから、経済を重視していたのではない。その逆である。池田は盤石な経済基盤が無い限りはいくら防衛に力を入れても国民が付いてこないという現実的な見解を持っていたのである。
1960年代に入るころまでは完全に戦争から経済が回復しておらず、軍事的なものに対するアレルギーは払拭されていなかった。そして、池田は安保改定によって引き起こされた政治的混乱を見て、早急な軍備増強は時期尚早だという思いを強くしたのに違いない。
しかしながら、だからといって安保の面で池田が何もやっていなかったわけではない。彼の隠れた功績として自衛隊の社会的地位の向上がある。例えば、池田は戦後初めて自衛隊幹部が皇居にて天皇の引見を受けることを可能にした。また、オリンピックでの開会式では空自のパフォーマンスなどを実施させて国民との距離を縮めようとした。
さらには、岸政権で変更された限定的であるならば集団的自衛権は行使可能であるという憲法解釈も池田政権によって引き継がれている。ちなみにこの憲法解釈は安倍政権下でなされた2015年のものとほぼ同じものである。
池田は時期を見据えた上で、日本の防衛能力を高めることを目指していた。加えて日本の国際的地位も挙げることも目標にしていた。だが、その志は道半ばで池田の死によって閉ざされた。そして、暫定的であったはずの経済重視、軽武装路線が半永久的な日本の国家政策と化して今に至る。
岸田首相は原点回帰するべき
だが、現在の日本は池田が設定した暫定的な路線を継承していくことさえも難しくなっている。特に中国の目まぐるしい軍備増強を前に、軽武装という選択が日本の安全保障にとって致命的になりつつある。
そして、中国の脅威に対抗するために岸田首相は敵基地攻撃能力の保有などというタカ派寄りの政策に理解を示していることから、彼の先輩である池田の路線から逸脱していると批判されている。しかし、上記で示したように、池田は単純にハト派と言い切れる人物ではなく、彼自身も敵基地攻撃能力が日本の防衛に不可欠なものだと認識すれば迷いなく政策を採用して、実行に移したであろう。
岸田氏には池田が真に望んでいた政策は何なのかを理解した上で、日本の安全を確実に守る施策を打ち出してもらいたい。