日銀は政府の子会社なの?(アーカイブ記事)

池田 信夫

安倍さんが「日銀は政府の子会社みたいなものだ」といって問題になっていますが、これは今さら騒ぐような問題ではありません。去年10月20日のこども版を再掲します。

Q1. 財政が破たんするってどういう意味ですか?

普通の会社の経営が破たんするというのは、借金が返せなくなるという意味ですが、この意味で日本の財政が破たんすることはありません。なぜなら、政府はいくらでもお金を発行できるからです。たとえば給付金を10兆円出すには、政府が10兆円の国債を発行して日銀がそれを買えばいいのです。それを買うお札は、日銀(正確には国立印刷局)がいくらでも印刷できます。

Q2. 自国通貨を発行していれば破たんしないんですか?

MMTや高市早苗さんは「自国通貨建てで発行した国債は破たんしない」とかいっていますが、そんなことは関係ありません。自国通貨の発行できないドイツもフランスも破たんしないが、自国通貨の発行できるロシアもメキシコも破たんしました。大事なことは自国通貨かどうかではなく、政府が信用されているかどうかなのです。

Q3. 日銀は政府の子会社なんですか?

はい。日銀と政府のバランスシートを合算した統合政府で考えるのは常識です。日銀が国債をすべて買い取ると、図の右のように統合政府の負債は日銀券と日銀当座預金(民間銀行が日銀に預ける準備預金)だけになって国債はバランスシートから消えます。

日銀が国債をすべて買い取った場合のバランスシート(翁邦雄氏)

だから日銀が親会社(政府)の借金(国債)を買い取ったら財政再建は完了だ――という人がいますが、それは錯覚です。これは親会社の借金を子会社が肩代わりしただけで、連結の借金は変わりません。

Q4. 政府の借金は国民の資産だから問題ないのでは?

だれかの借金はすべてだれかの資産です。経営破たんした会社でも、その借金はお金を貸した銀行の資産なので、そんな会計上の恒等式(いつも等しい式)はなんの保証にもなりません。こういう手法は、日本の銀行が1990年代にやった不良債権飛ばしと同じで、親会社の借金が見えなくなるので危険です。

政府の借金は国民の資産なのでバランスシートの左右は同じですが、それが返せるかどうかという担保(上の図の「国有財産など」)が問題です。将来にわたって政府が国民から税金をとることができるという徴税能力が政府の担保なのです。それはいつか借金が税に置き換えられるということです。

Q5. 国債を日銀券に替えたら金利負担がなくなるんですか?

それは誤解です。日銀の借金の大部分は民間銀行が日銀に預けている日銀当座預金ですから、日銀が国債を買うのは長期の借金(国債)を短期の借金(日銀当座預金)に置き換えただけです。これは金利が上がると危険です。

たとえば政策金利が1%上がると、すでに発行された長期国債の金利は変わりませんが、日銀が当座預金を預けている民間銀行にはらう金利は1%上がります。当座預金は538兆円もあるので、これだけで日銀の金利負担は年5兆円以上ふえます。

Q6. 金利が上がったら銀行はもうかりますね?

でも銀行のもっている国債の値段は下がります。これはこども版でも紹介した簡単な算数ですが、ざっくりいうと、ゼロ金利の10年物国債の金利が1%上がると、債券価格は1割ぐらい下がります。わずかな金利上昇で大きな評価損が出て、債務超過になる可能性があるのです。

日銀は500兆円以上の国債をもっているので、金利が1%上がると25兆円ぐらい評価損が出ます。また日銀当座預金の金利には、毎年5兆円の金利支払いが発生します。日銀の自己資本は6兆円ぐらいなので、他の資産を合計しても2年で債務超過(借金が資産より多い)になります。こんな大きなリスクを取っている中央銀行は世界にありません。

Q7. 日銀はお札を印刷できるからいいんじゃないですか?

日銀は債務超過になってもつぶれません。日銀が国債を時価で売ることはなく、その保有している国債は簿価(買ったときの値段)で評価されるからです。でも金利支払いができなくなると、一般会計から赤字を補填しないといけません。これは黒田総裁の責任問題になるでしょう。

国債をもっている民間銀行の資産は時価評価なので、大きな評価損が出ると債務超過になります。1000兆円の国債の長短金利が1%上がると、評価額がが50兆円ぐらい下がります。銀行がその評価損を決算で報告すると、取り付け騒ぎが起こる可能性があります。これが1998年に起こった金融危機です。

Q8. では借金を返さないで先送りすればいいんですね?

ゼロ金利が続く限り、借金を次の世代に先送りするネズミ講が可能です。政府は「2025年までにプライマリーバランス(金利支払いを除く財政収支)を黒字にする」という目標を立てていますが、去年は大幅な財政赤字を出したので、実質的にその目標を先送りしました。

今は高い金利で借りた国債をゼロ金利で借り換えているので、元利合計の借金は減っていますが、金利が上がると借金が雪ダルマ式に増えます。アメリカでは金利が上がり始めました。

Q9. ゼロ金利はいつまで続くんでしょうか?

高齢化で貯蓄率は下がり、社会保障支出が激増するので、金利は上がるでしょう。国の借金が国内貯蓄(1800兆円)を超えると、国内で消化できなくなります。日本国債の金利が安いのは運用能力の低い邦銀が買っているからで、外銀はこんな金利では借りてくれません。海外から借りると長期金利が上がって国債は暴落し、円安になってインフレが起こるでしょう。

Q10. インフレが起こったら、日銀が止めればいいんじゃないですか?

日銀がインフレを止める手段は金利の引き上げしかありません。このとき危険なのは、金利が上がると国債が暴落して、金融危機が起こることです。それを防ぐために日銀が銀行の国債を買って大量にお金(マネタリーベース)を供給すると、大インフレになります。国の財政は破たんしないが、みなさんの生活が破たんするのです。