心ときめくJazzの名演名盤/「アメイジング・バド・パウエル」

藤原 かずえ

ジャズ・ピアノの歴史に画期的な変化をもたらしたピアニストは二人いて、一人はコードの構成音を自由に使うバップ奏法を導入したバド・パウエル、もう一人はコードから解放されたスケールを自由に使うモード奏法を導入したビル・エヴァンスです。

トランペットのチャーリー・パーカーとディジー・ガレスピーが創ったバップ奏法(ビバップ)は、ルイ・アームストロング、デューク・エリントン、ベニー・グッドマンが完成させたビッグ・バンドのスウィングを徹底的に壊してモダン・ジャズを創造した画期的なイノヴェイションでした。バップ奏法とは、大雑把に言えば、曲の持つメロディーに規制されることなく、コードに従うギリギリの構成音(一歩間違えれば音楽を壊す「テンション」など)を自由に使い、過去にない優れたフレーズをアドリブ演奏してリスナーを唸らせるものです。

当初この自由なアドリブ演奏は、トランペットやサックスなどの管楽器によって行われ、ギター・ピアノ・ベースといったリズム楽器が従順にコードを伴奏することで成立していましたが、これを壊してピアノによるバップ奏法を創造したのがバド・パウエルです。バド・パウエルは左手でコードを最小限に表現する一方で、管楽器が行っていたアドリブを右手で演奏しました。ここに、管楽器は必ずしもジャズ演奏に不可欠な楽器ではなくなり、ピアノ・ベース・ドラムスで構成されるピアノ・トリオという新しい演奏スタイルが誕生したのです。

ブルーノート・レーベルから発売された「アメイジング・バド・パウエル」の5部作は、そんなバド・パウエルの演奏を象徴するものです。順を追って紹介したいと思います

The Amazing Bud Powell, Vol. 1
[youtube]

01.Un Poco Loco (alternate take #1)
02.Un Poco Loco (alternate take #2)
03.Un Poco Loco
04.Dance of the Infidels
05.52nd Street Theme
06.It Could Happen to You (alternate take)
07.A Night in Tunisia (alternate take)
08.A Night in Tunisia
09.Wail
10.Ornithology
11.Bouncing with Bud
12.Parisian Thoroughfare

Bud Powell – piano (1-12)
Tommy Potter – bass (4-6,9-11)
Roy Haynes – drums (4-6,9-11)
Fats Navarro – trumpet (4,5,9,11)
Sonny Rollins – tenor sax (4,5,9,11)
Curly Russell – bass (1-3,7,8,12)
Max Roach – drums (1-3,7,8,12)

このアルバムは、2管(ファッツ・ナヴァロ&ソニー・ロリンズ)+ピアノ・トリオ(パウエル、ポッター、&ヘインズ)による1949年の演奏と管楽器を排除したピアノ・トリオ(パウエル、ラッセル、&ローチ)による1951年の演奏がカップリングされたものです。

まず1949年の演奏を象徴するテイクが”Bouncing with Bud”と”Dance of the Infidels”です。バップは、最初の1コーラスでテーマを演奏し、2コーラス目からはアドリブを演奏し、最終コーラスで再びテーマを演奏して終わるというのが基本フォーマットです。ミュージシャンにとっての聴かせどころは2コーラス目以降にあります。例えば”Bouncing with Bud”では、1コーラス目にナヴァロとロリンズが見事なアンサンブルでテーマを奏でた後、2コーラス目はロリンズ→ナヴァロの順でアドリブ演奏し、3コーラス目はバド・パウエルがアドリブ演奏、4コーラス目で再びテーマに戻って短く終わっています。このバップの王道の様式の中でバド・パウエルは管楽器のようにアドリブ演奏を行い存在感を示したのです。

一方、1951年の演奏を象徴する演奏が、鬼気迫る演奏で作品を進化させていった”Un Poco Loco”の3つのテイクです。バド・パウエルはピアノをリード楽器のアドリブ・ソロのように演奏しました。この展開は今ではまったく普通ですが、バド・パウエル登場前までは普通ではありませんでした。バップの名曲”A Night in Tunisia”と”Ornithology”も見事なピアノ・ソロで表現しています。ここにこのアルバムの歴史的な重要性があります。

そして、このアルバムの最大の聴きどころが、”Parisian Thoroughfare”です。美しく楽しく疾走するこの躍動的なアドリブ演奏は、まさにバップ奏法そのものですが、曲は突然、まるで事故にあったかのように途中で終わってしまいます。バド・パウエルは、途中で納得ができる演奏ができなくなったため、このテイクをやめてしまったのです。バップ奏法は即興性を持ったアドリブ、つまりインプロヴィゼイションのたまものなのですが、同時に最後まで続けられる保証はありません。その意味で、バップ奏法はまさにスペインの闘牛やフラメンコやエル・グレコの絵画のような生と死が隣り合っている芸術と言えます。ちなみに、バップ奏法の緊張感をよく理解し、この未完成作品をわざわざ収録したブルーノートのプロデューサー、アルフレッド・ライオンの鬼才には驚かされます。

The Amazing Bud Powell, Vol. 2
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01.Reets and I
02.Autumn in New York
03.I Want to Be Happy
04.It Could Happen to You
05.Sure Thing
06.Polka Dots and Moonbeams
07.Glass Enclosure
08.Collard Greens and Black-Eyed Peas
09.Over the Rainbow
10.Audrey
11.You Go to My Head
12.Ornithology (alternate take)

Bud Powell – piano (1-12)
George Duvivier – bass (1-3,5-8,10)
Art Taylor – drums (1-3,5-8,10)
Tommy Potter – bass (11-12)
Roy Haynes – drums (11-12)
Curly Russell – bass (4,8)
Max Roach – drums (4,8)

このアルバムは、1954年に録音された新たな8テイクと前出の1949年の2テイクおよび1951年の2テイクがカップリングされたものです。いずれもピアノ・トリオの演奏です。バラッドも高く評価されていますが、やはり私は”Sure Thing”、”Glass Enclosure”、”Collard Greens and Black-Eyed Peas”のようなテンポがある曲が好きです。”Glass Enclosure”のテーマには後のVol.5のオープニング曲、”Cleopatra’s Dream”のフレーズの原型が、”Collard Greens and Black-Eyed Peas”のソロには”Ornithology”のフレーズが認められます。

The Amazing Bud Powell, Vol 3 – Bud!
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01.Some Soul
02.Blue Pearl
03.Frantic Fancies
04.Bud On Bach
05.Keepin’ In The Groove
06.Idaho
07.Don’t Blame Me
08.Moose the Mooche

Bud Powell – piano (1-8)
Paul Chambers – bass (1-3,5-8)
Art Taylor – drums (1-3,5-8)
Curtis Fuller – trombone (6-8)

トリオ演奏の1957年作品です。2曲目の”Blue Pearl”は究極にブルーなハードボイルドな作品です。”Frantic Fancies”の洗練されたアップテンポな連打もたまりません。”Keepin’ In The Groove”はバド・パウエルの音選びの真価を証明するブルースです。カーティス・フラーをフィーチャリングしたパーカーの名曲”Moose the Mooche”は、曲の構成が洗練されており、バップの深化型であるハード・バップの影響が認められます。

The Amazing Bud Powell, Vol 4 – Time Waits
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01.Buster Rides Again
02.Sub City
03.Time Waits
04.Marmalade
05.Monopoly
06.John’s Abbey
07.Dry Soul
08.Sub City (alternate take)
09.John’s Abbey (alternate take)

Bud Powell – piano
Sam Jones – bass
Philly Joe Jones – drums

トリオ演奏の1958年作品です。フィリー・ジョーのドラムスが冴えわたっている”Buster Rides Again”、トリオが一体化して快走する”Sub City”と”Marmalade”、ブルージーな”Monopoly”、そしてインタ—プレイで疾走を続けた後にスロウ・ダウンしてプレイを終える”John’s Abbey”がたまりません。

The Amazing Bud Powell, Vol 5 – The Scene Changes
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01.Cleopatra’s Dream
02.Duid Deed
03.Down with It
04.Danceland
05.Borderick
06.Crossin’ the Channel
07.Comin’ Up
08.Gettin’ There
09.The Scene Changes
10.Comin’ Up (alternate take)

Bud Powell – piano
Paul Chambers – bass
Art Taylor – drums

1958年作品です。美しく気高く緊張感に溢れた最高にブルーな曲である”Cleopatra’s Dream”が起点となり、”Duid Deed”、”Down with It”、”Danceland”がこれを承け、”Borderick”、”Crossin’ the Channel”で転回し、リズミカルなリフと明るいテーマが耳に残る”Comin’ Up”で結び、”Gettin’ There”と”The Scene Changes”で未来を予感させるという作りになっています。私の中では最高傑作です。

この後、バド・パウエルは、安住を求めてフランスのパリに活動拠点を移します。ただし、ドラッグやアルコールにハマりながらアドリブ演奏と格闘したバド・パウエルの残りの生涯はそんなに長くはなく、1966年に41歳で世を去ります。まさにボロボロになるまでアドリブを求めて激走した人生でした。時代はビル・エヴァンスが奏でるモード・ジャズへと移行していきます。


編集部より:この記事は「マスメディア報道のメソドロジー」2021年10月31日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方はマスメディア報道のメソドロジーをご覧ください。