小田急電鉄(小田急電鉄株式会社 以下小田急)が、運賃値下げに踏み切ります。
小田急、来春から小児IC運賃を一律50円に 子育て支援を強化 | 毎日新聞
小田急、来春から小児IC運賃を一律50円に 子育て支援を強化 | 毎日新聞
小田急電鉄は8日、2022年春から、ICカードを使った場合の小児運賃を、どの区間に乗っても一律50円にすると発表した。同社によると、小児運賃を持続的に大人運賃の半額以下に一律に引き下げるのは、全国の鉄道会社で初という。
時期は来春。子ども(12歳未満)の運賃を乗車区間にかかわらず一律50円にする、というものです。最長区間である小田原から新宿の場合、片道445円から50円へ。400円近く安くなることになります。
目的は、沿線周辺地域の「価値向上」です。そのため、短期的には「家族連れの外出を促すこと」、長期的には「沿線住民を増やすこと」を目標とします。
東急電鉄や近畿日本鉄道、JR東日本など鉄道各社が「値上げ」を予定する中、大幅「値下げ」を実施する。その大胆とも思える施策の背景について、考察します。
小田急ロマンスカー社内で販売されていたロマンスカー箸 子どもにも人気が高い
短期的には「外出促進」
「家族連れの外出を促すこと」。これが短期目標です。
テレワークで減った「通勤」収入を「家族連れの外出」収入で補います。よって、電車に乗る用途を「仕事」から「遊び(=仕事以外)」へシフトする。そのための、子ども運賃の値下げです。
コロナがやや落ち着き、近場の日帰り旅行や外出が増えている今。値下げ策は有効です。
新宿へ買い物に。箱根へ観光に。
「家族連れで行ってみようか」
子ども運賃の値下げにより、外出はもちろん沿線周辺の商業施設の利用を促すことができるでしょう。
京王線からの顧客獲得も
また、京王線(京王電鉄株式会社 以下京王)の利用客の獲得(奪取)も期待できます。
京王は小田急と同様に、多摩センター駅から新宿駅までの区間を有しています。そのため、利用客の争奪戦が激しくなっています。今回の小田急の値下げ予定時期は「春」。なぜか? 春は、(新社会人含め)通勤客が、どちらの経路で通勤するか決める時期だからです。
京王線は隣駅(永山駅)で70円。小田急線はどこまで乗っても50円。子どもと出かけることがある親なら、
「通勤定期の経路を小田急に変えようかな」
そう考える人も多いでしょう。
2020年の多摩センター駅1日平均乗降人員は、京王線5万8千人に対し、小田急線3万1千人(※1)。 まだまだ、奪取する余地はありそうです。
長期的には沿線住民の増加
「沿線住民を増やすこと」。これが長期的な目標です。
背景には、沿線の人口減少があります。2020年をピークに減少が始まり、2035年には2010年度の98.9%との予想も(※2)。加えて少子高齢化の問題があります。
象徴的なのが、上述の多摩センター駅近くの「多摩ニュータウン」でしょう。既に、住民の高齢化と少子化が顕在化しています。
最も人気が高かったバブル期(=1980年代)から40年。当時の購入者は高齢化し、バリアフリーの住居を求めて都心へ回帰。若年層は、交通利便性が低いため敬遠。当然、人口が減少します。
このような地域が増えると、運輸収入はもちろん商業施設利用者が減少。ひいては、沿線周辺の不動産価値が低下しかねません。こういった事態を防ぐため、子育てに適した環境を作り、若年層の住民を増やすこと。これが長期的目標です。
小田急の施策の特徴
小田急の特徴は、施策が「豪快」なことです。
今回の値下げはもちろん、「Emotパスポート」もその一つです。Emotパスポートは、2021年3月から提供している、小田急沿線周辺飲食店などのサブスクリプションサービスです(※3)。
他鉄道会社が、“1日コロッケ1つ”や“立ち食いそば1日1杯”など、「控え目」な品揃えだったのに対し、Emotパスポートのそれは段違いでした。
そば(トッピング付き)はもちろん、おむすび(2つ)、パン+コーヒー、生ビールなどを月「90回」まで食べることができる。フラワーギフトまで含まれる。提供エリアも、箱根湯本や、ロマンスカーカフェまでと広範。月100人に限定した新規加入は、毎月のように初日に完売。沿線周辺の住民から、大きな反響を呼びました。
最終目的は「地域価値向上」
値下げや、サブスクリプションサービス提供など、豪快な施策の背景には明確なビジョンがあります。
「沿線周辺地域の価値向上」です。
21年4月の決算説明資料で、新たな経営ビジョン「UPDATE 小田急」(2021年4月28日)が語られました。
事業を展開する場合に、単体の収益だけでなく、沿線や事業を展開する地域に価値を生み出す事業を進める
経営ビジョン「UPDATE 小田急」の策定について
沿線利用客の暮らし充実のため、価値の高いサブスクリプションサービスを提供する。
子ども運賃の値下げにより、家族連れの利用客を増やす。子育て環境の改善により、沿線住民の増加を図る。そして、地域価値を向上させる。明確なビジョンです。
今回の値下げでは年間2億5000万円の減収が見込まれているとのこと。鉄道事業の大半は固定費であるため、そのまま利益減に直結するはずです。
企業にとって劇薬になりかねない「値下げ」に踏み切った小田急。この施策が成功してほしいと思います。
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※1 多摩センター駅1日平均利用者数
多摩センター駅 – Wikipedia
※2
ファクトブック2020 – 小田急電鉄
※3
Emotパスポートは、2021年11月にて新規加入受付停止中